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社会の変化が激しく先が見通しにくい現在、働き方や職業も多様化し、よりよい選択をするためには職業観・勤労観を早いうちから形成することが求められてきた。マイナビは、中学生のキャリアプランニング能力の育成に自社の知見を活かそうと、“業種・職種に関する知識”を学ぶ出張授業コンテンツを開発し、精力的に出張授業を行っている。プロジェクトを進めたサステナビリティ推進部部長の大仲美幸が、授業の中心となる“カードゲーム”を共に開発したNPO法人企業教育研究会の授業開発研究員・明石萌子氏と古谷成司氏とともに事業の経緯を振り返りながら、今後を展望する。
NPO法人企業教育研究会 授業開発研究員 明石萌子氏
大仲美幸(以下、大仲):マイナビは、50周年記念事業の一環として、中学生に向けたキャリア教育の出張授業を2024年7月から開始し、10月末時点で全国の各拠点・24校で実施しました。本施策は、マイナビグループのパーパスである“一人ひとりの可能性と向き合い、未来が見える世界をつくる。”の一つの柱である“社会との共存”に紐付く社会貢献が何かできないかと考えていたところをきっかけにはじまりました。そこで出てきたのが、中学生のキャリア教育というテーマです。マイナビには、これまで培ってきた人材に関するノウハウ、そして全国に支社を展開しているという強みがあります。それらを活かして中学生の“キャリアプランニング能力”育成のための“業種・職種に関する知識”を学ぶ出張授業コンテンツを開発しようということになりました。ただ、マイナビは高校生以上向けのサービスは手がけてきてはいたものの、中学生・中学校とのパイプがなかったので、それをお持ちのNPO法人企業教育研究会にコラボをお願いしたという流れですね。
明石萌子(以下、明石):はい。私たちもキャリア教育に対し、子どもたちが“視野を広げ俯瞰的にいろいろな職業を目にできるような授業”の必要性を感じておりました。中学生対象のキャリア教育では、自己を理解・管理する力、人間関係を形成する力といった“基礎的・汎用的能力”の育成と、職業や働くことの意義などについて学ぶ“職業観・勤労観”の形成が求められています。“基礎的・汎用的能力”の育成をテーマにした出張授業として、自己理解を深めるためのものや、コミュニケーション能力の育成を目指すものなどが開発されています。“職業観・勤労観”の育成はキャリア教育が開始した当初から継続的に重視されています。“基礎的・汎用的能力”を育成する授業だけでなく、職業や働くことについて知識を広げるような授業も大切です。こうした状況の中で、私たちは何か特定の仕事に焦点化した出張授業に加えて、様々な職業を俯瞰的に見られるような出張授業が作れないかと考えていました。その折にマイナビさんからお声がけをいただいたんです。
NPO法人企業教育研究会 授業開発研究員 古谷成司氏
古谷成司(以下、古谷):お話をいただいた時期はちょうどコロナ禍の影響が強く出ていた頃でした。中学校のキャリア教育というと、職場体験学習がセットで行われているケースが多いんです。しかし、コロナ禍で外とのつながりが断たれてしまい、職場体験学習がゼロになってしまった。できることは何かと考えると、オンラインでさまざまな職業の人たちに話を聞くぐらいで、ずいぶん制限されてしまいました。いったいこれからどうしたらいいんだろう? 果たして職場体験学習がまたできるようになるのか? もし、戻ってこなかったらどうすればいいのか? そんなことを考えているときのご提案だったので、職員みんなで“これはいい!”と喜びました。中学校の現場でも必ず受け入れられるだろうと確信しましたね。
大仲:まさに、タイミングがよかったんですね。マイナビからは、“可能性×子ども×地域活性”をテーマに、さまざまな職種・業種が連携して世の中の仕事が行われているということに子どもたちが気づき、職業に関する視野を広げられる授業を作りたいという希望を申し上げました。地域活性というのは、先ほども言ったように、マイナビは全国に支社がありますから重要なテーマなんです。
明石:地域を活性化するには、地域に根付くさまざまな仕事・職業が関わってくるはずです。地域の職業に知見があるマイナビさんと一緒に授業を作ることができれば、子どもたちが地域社会に目を向けたり、自分の知っている職業以外の仕事にも気づいたりするきっかけになるのではないかと思いました。また、現場の先生方にも伺うと、キャリア教育ではどんな仕事があるのかという“職業調べ”に課題があるということだったんです。どうしても、自分の知っている範囲だけで調べてしまう傾向が見受けられると伺いました。そういう意味でも、マイナビさんのご協力の下、視野を広げていろいろな職業を展望する授業、それを可能にするコンテンツを作ることの重要性は高いと感じました。
株式会社マイナビ 社長室 サステナビリティ推進部 部長 大仲美幸
大仲:マイナビとしては、中学生たちが楽しくキャリアについて学べるようにゲーム的な教材を作りたいという希望を、企業教育研究会さんにはお伝えしました。そして、結果的に、オリジナルのカードゲームになったわけですね。舞台は“まいひな市”という架空の市。昔は鉱山で栄えていたものの、現在は閉山してしまったため少子高齢化と人口減少が進んでいる。その状況を打破するために4人の市民が立ち上がり、市の新たな産業であるバーチャル鉱山を充実させていくという設定でゲームを進める構成になっています。
明石:当初はスゴロクのようなゲームを想定していて、いろいろな職業がつながり合っているのが分かるものがいいのではないかというアイデアがありました。でも、その職業同士のつながりを強調するには、子どもたちが自らカードを集めてつなげていくというアクションがあった方が、より理解が進むのではないかということになり、今の形になっていきました。
大仲:最初に見せていただいたとき、とても良くできているなと思いました。バーチャル鉱山ってなんだろう? と子どもたちが興味を持ちやすい入り口になっていますし、どんな職業があるのかも50分という授業の1コマで網羅できるようになっていますよね。私も中学生の時にこういうものがあればよかったのにな……とも思ったぐらいです。マイナビがこのようなものを作ることができるフェーズになったということにも、感動を覚えました。ただ、聞くところによると通常ゲーム制作には1年間ぐらいかかるとか。それを半年ぐらいでやっていただいたようなのですが、結構大変ではなかったですか?
明石:そうですね。ただ我々も早く子どもたちに届けたいという思いがありましたし、マイナビの皆さんにも、素早くいろいろと貴重な意見をいただいたので、短期集中で進めることができました。企業教育研究会には30名ほどの学生スタッフがいるのですが、彼らにも協力してもらいました。学生スタッフに実際にゲームをしてもらい、“ここが面白くない”とか“ルールに納得感がない”などプレーヤー目線での感想をもらって反映していきました。ゲームとして面白いことはもちろん大事なのですが、学びとしても成立していなければなりません。特に留意したのは、マイナビさんからいただいた“地域活性化”というキーワード。全国の中学校が対象ですから、それぞれ特性の異なるどこの地域でこの出張授業を行っても、生徒の身近な地域と重なる部分がなければいけないと考えました。そのために、全国各地域の地域おこしの事例を多数集め、それらを混ぜ合わせてつくっていったという感じですね。
カードゲームの様子
大仲:そしてできあがったカードゲームを使ったキャリア教育授業ですが、当初はマイナビの支社がある地域の中で15校から始めようと思っていました。しかし、いざ募集を開始してみたら、36校もの応募があって、それほど求められているということなのですから、お断りせず全部お受けしましょうと。実際の授業は、50分を2コマ。1時間目はカードゲームを通して多様な業種を知り、社会と仕事のつながりを学ぶ。2時間目は1時間目のカードゲームを振り返りながら、職業の連携や仕事を通した多様な社会参画について学び、自己の生き方・キャリアを考えるという構成になっています。授業を中心になって進めていただくのは企業教育研究会の方で、マイナビの社員は主に地域の事例の紹介などを担当させていただいています。実際に授業を行ってみて、お二人はどんな手応えを感じられましたか?
明石:冒頭にも申し上げたように、“基礎的・汎用的能力”の育成をテーマにした出張授業が多い中で、ここまで“職業調べ”に振り切ったものはほとんどなかったと思います。この出張授業では、このキャリア教育授業の1時間目の冒頭に“自分に合った働き方とか仕事って、どうやったら見つけられると思う?”と生徒に問う場面がありますが、生徒たちからはなかなか答えが出てきません。授業では、ゲームをし終わった後の振り返りで、いろいろな働き方や職業の調べ方の情報を子どもたちに伝える際に、“何か自分に関係するものとか、ヒントになりそうなものを見つけてごらん”という声がけをします。私たちとしては、1時間目では戸惑っていた子も、2時間目が終わる頃には、“これやってみようかな?”という思いが生まれてくれるといいなという思いで授業を行っています。実際に、ひとりの人がいくつかの仕事を掛け持つ働き方を説明するパートがあるのですが、後で子どもたちにアンケートを行ってみると、“そんな働き方があるとは知らなかった。自分でもちょっと考えてみたい”というような答えがありました。そんな反応があると、“職業調べ”に振り切った授業には、確かに意義があるなと思いますね。
古谷:私も授業支援などに入り、直接中学生と接する機会は多いのですが、子どもたちの将来に対する考え方は多種多様ですね。まだあまり考えていないような子どもも多いです。一方で、“将来は何になりたい?”と聞くと、YouTuberとかゲームクリエイターとか、自分たちが目にしたことのあるきらびやかな職業があがることが多いです。そういう意味でも、自分が知らない職業をカードゲームを通して学べるというのは重要だと思います。また、学校外の人からの学びというのは非常に影響が大きくて、マイナビの社員の方が来て、地域の仕事の紹介をしてくれると、子どもたちの心には深く響きます。授業が終わった後に、地域を歩いていて、“あのとき話に聞いた会社がここにある!”などという発見をすると、いろいろなことが子どもたちの頭の中でつながっていくのではないでしょうか。
大仲:マイナビの社員が、その手助けになっていると思うととても嬉しいです。授業で講師を務める社員は、初めて中学生に対して講師をするということに不安を持っている場合が多いです。しかし、実際にやってみると大きな手応えを感じてもらえます。特に20代の若手社員は社会貢献意欲の高い世代なので、この授業に関わることにより社会貢献活動に自分も携わっているということに意義を感じ、それがエンゲージメントにもつながるんですね。また、普段接する機会があまりない中学生を前にして、伝え方にもっと工夫をしようという日常業務への気づきになることもあり、支社の社員からはとても好評です。
明石:今後の展開に関して、授業自体の話で言うと、まだまだ課題は多いのかなとも感じています。職業調べを50分2コマの授業だけで完結するのは難しいですから、現場の先生方には授業後にお使いいただける事後指導案をパックにしています。今後も先生方から事前の準備、事後にはこんなものが欲しいなどという意見があれば、何らかの形で対応していくことも必要になるかと思います。この出張授業が、キャリア教育の充実のために学校と企業等が継続的に連携していくきっかけになれば嬉しいです。
古谷:私もこれはきっかけであると思っています。この授業を行った学校には、できればこの授業の後に職場体験学習をやっていただきたいのです。たとえば、パン屋で職場体験をします。するとそこには、材料を納品する業者や、できたパンをどこかに運搬する業者、什器関係の業者など、さまざまな業種の人が来ます。仕事はいろいろな職業がつながっているということが、授業を受けたからこそ、よりリアルに感じられると思うんですよ。私自身、以前キャリア教育の授業をしていたときは、ここまでは思いが至っていなかった部分があるので、つながりを考えられるこの授業をきっかけに、どんどんこのように職業への視野を広げるようなキャリア教育が実践されていってほしいなと思います。先ほど大仲さんからエンゲージメントという言葉が出ましたが、我々もこの授業が自分たちの仕事を見直すきっかけにもつながるのではないかと考えています。企業教育研究会のミッションは、“誰もが教育に貢献する社会を目指す”ことです。誰もがというのは、我々教師やお父さんお母さんだけではなく、マイナビの社員のみなさんもです。実際にみなさんが関わってくださっているこのプロジェクトは、その実現の一歩だと思っていますので、これからも頑張っていきたいですね。
大仲:この授業は10月末時点で全国各地24校で行われていて、私も現地に足を運ぶのですが、コロナ禍もあって“なかなか外部の人が来てくれない中、よく来てくれました、本当にありがたい”と歓迎を受けました。どんなところにも未来ある子どもたちがたくさんいますし、仕事の幅広さについて知ってもらうことによって、将来の職業の選択肢が豊かになるといいなと思います。私たちが関わることによって、誰一人取り残さずに、子どもたちの将来が豊かになるよう、務めていきたいと考えています。これからもご協力をよろしくお願いいたします。
(まとめ)
高校生や大学生の授業を受け持つこともあるという明石氏は、彼らの職業観に“何かクリエイティブな仕事につかなければいけない”“何かを生み出す側にいることを求められている”という切迫感のようなものを感じることもあり、中学生の頃から自分の可能性を広い視野で探究することが大切だと思うと語った。世界的に混迷の時代にあって、その混乱の影響を大きく受け将来に最も不安を覚えているのは子どもたちではないだろうか。その未来に豊かな選択肢が見えるように、キャリア教育はますますの充実が求められている。
【構成・文:定家励子(株式会社imago)】
【写真:高橋圭司】