マイナビ

トレンドnavitrend navi

変化の激しい時代に。個人、そして組織の視点から見るキャリア開発のあり方とは?

法政大学キャリアデザイン学部教授 武石恵美子

2020年代の始まりとともに世界を襲ったコロナ禍。そして今年早々に始まった平和を脅かす動き。10年先、5年先どころか、1年先も見えないような時代にあって、私たちの“働き方”も大きな変化の波にさらされている。私たちはどのように自分の人生、キャリアについて考え、歩んでいけばいいのだろう。その指針となる「キャリア開発」について、法政大学キャリアデザイン学部教授の武石恵美子氏に伺った。

キャリアをめぐる3つの変化を加速させたコロナ禍

企業を取り巻く環境の急速な変化は、もちろん今に始まったことではない。それをさらに加速したのがコロナ禍だ。リモートワークが推奨されると、大きなオフィスが必要なくなって規模を縮小したり、通勤時間を考えなくてよくなった社員は、住まいを遠くに移したり、働き方もドラスティックな変化を余儀なくされた。そんな働く人を取り巻く現在の環境は、キャリア開発の視点からはどのように分析することができるのだろうか。

「キャリアというと仕事などの“職業キャリア”を思い浮かべると思いますが、そもそもキャリアとは、馬車が通ったあとにできる轍(わだち、carraria)が語源で、個人がたどってきた道筋のあとにできる軌跡のことです。職業以外にもその人が学んだこと、家族形成や社会活動などの経験を意味する“ライフキャリア”などという側面もあって、内容は幅広いんです。現在、職業キャリアを含めて人生の軌跡という観点で、個人がキャリアを形成する環境は大きく変動しています。職業キャリアを取り巻く環境変化の特徴は主に3つ。ひとつは、少子高齢化で人口に対する高齢者の割合が増えているという人口構造の変化。これに関連してふたつめは、多様な価値観に価値を見いだそう、多様な人材を経営の価値に繋げようという人材の多様化、ダイバーシティです。そして3つめが技術のデジタル化。デジタル技術は新たなマーケットを作り出すなど市場を大きく変えていて、金融システムや生産システムなど経済の構造にも変化が起きています。それが雇用にも大きな影響を及ぼしている。この3つの大きな構造変化が、現在のキャリア開発の環境変化のベースにあります」

“終身雇用”という言葉に代表されるように、日本型の働き方と言えば、就職したら一般的には60歳の定年まで、同じ会社に勤め続ける。それが当たり前だった。しかし今「人生100年時代」に標榜されるように、より長いスパンで人生を考えなければならなくなり、働く期間も長くなりつつある。今までの常識、考え方にとらわれていては環境の変化に対応できず、自分の考えるライフプラン通りには生きられなくなりそうだ。

「世の中の変化が小さい時代に、日本の企業は、男性、日本人をベースにした画一的なキャリアを基礎に置いた様々な仕組みが作られ洗練されてきましたが、もうそんな状況にはありません。大きく環境が変化したのが、ここ10年、20年ではないかと思います。そこにコロナ禍という予想外の出来事が起きて、変化が一気に加速したという状況ですね。

ただ、たとえばリモートワークを取り入れ、働き方を変えた企業もずいぶんありましたが、コロナが沈静化するとまた出社しなさいと言う企業も出てきているのは事実です。ただし、柔軟な働き方が元に戻ってしまった企業に対しては、“結局、あの企業は変化することができないんだ”と、周囲の見方が変わってきています。そういう意味で、個々の組織が社会的課題にどう向き合うのかにも注目が集まっていますね。コロナによって働き方の選択肢が広がった結果、そこにどう風穴を開けていくか。変化を先取りして変革しようとする企業は社会からきちんと評価される場面も、今後は増えていくのではないでしょうか

企業が人材を開発する時代は終わった

そんな時代に、私たちは自分の職業キャリアをどのように考えていけば良いのだろうか。武石氏は著書『キャリア開発論』で、人が自分らしい職業人生を歩むためのキーワードとして「自律性」と「多様性」をあげている。自分ひとりで立ち上がる「自立」も重要だが、立った後さらに自分で方向を定めて歩き出す、自身のキャリアを主体的に考えて自己決定(自律)することを重視しているのだ。

「よく人材開発と言いますが、企業が責任を持って人材を開発しますということが難しい時代になっています。どういう人材に開発していけば成功モデルになるのか、もう誰もわかりませんから。そう言う意味で企業は、むしろ個人に自律的に行動してもらわないと困るという状況になっているんですね。 “自分で自分のことは考えてほしい。結果には自分で責任を持ってほしい”と、つまり「キャリア自律」を求められるようになったということです。これまで企業と個人は持ちつ持たれつの関係でしたが、両方がそれぞれ緊張感を持ってキャリアを考えていかねばならないという点では、厳しい面もあるかなと思っています」

企業に入社を果たせば終わりではない。異動で思いもよらぬ職種に就くことになったり、最悪の場合、企業がなくなり、自分の居場所を失ったりする場合だってある。突然自分で考えなさいと言われても、どうしたらいいかわからず呆然としてしまうこともあるだろう。

「私の教えている学生にも、エアラインの企業に就職を希望していましたが、コロナ禍で募集がなくなり、別の業界に就職した人がいます。このように思い描いていたライフプランの通りにならないことは往々にしてありますが、それも一つのキャリアとして受け止めていかなくてはならないと思います。むしろキャリア開発では、予想できない変化に上手く対処していくことの方が大事なのではないかと私は以前から思っていたんですが、コロナ禍による変化で確信を持ちました

私たちを取り巻く状況は明日も同じであるとは限らない。社会や環境の構造変化が避けられないならば、自ら変幻自在に適応しようとするキャリアのあり方として、「プロティアン・キャリア」という概念があるのだそうだ。

「変幻自在に適応するというと、自分を殺して周りの変化に合わせて対応するように思えてしまいますが、そうではありません。プロティアン・キャリアの重要なポイントの1つはアイデンティティです。自分が何者かを知り、今いるところにアンカー(錨)を下ろして、おかれた環境の中で何ができるかを考えようという姿勢が大事だということ。単に地位や給料が高くなることに重きを置くのではなく、自分はキャリアについて何を重視するのか、何を自分にとっての成功と考えるかについて、自分なりの軸を持って自律的にキャリアを開発していくことの重要性がこれからはますます高まっていくでしょう」

人材活用は“石垣”型に

とは言え、いきなり自分の軸を持て、自律してキャリアを考えろと言われても、戸惑うことは多い。“あなたのやりがいは?”と聞かれて即答できる人は少ないのではないだろうか。

「たしかに、自分の軸を持つためにはどうしたらいいのかという問いに答えるのは簡単ではありません。私が指導した大学院の学生が女性自衛官にインタビューしたものをまとめて修士論文を書きました。とても興味深かったのでそれを素材にして『女性自衛官―キャリア、自分らしさと任務遂行』(光文社新書)という本を出したんですが、彼女たちの生き方は参考になるかも知れません。女性自衛官の方たちは意欲が半端なく高いんですよ。自分が何をしたいか、世の中にどう貢献できるかを具体的に考え、それが自分の中にきちんと落とし込まれていて、何かあったらその軸に沿って考えている人たちだと思いました。つまり自衛官としての任務の社会的意義が自身の中で明確になっている。それを突き詰めて考えていくことによって、何を優先すべきか、という判断基準が明確になっているんです。自分が大切だと思うことに自分の軸を置けば、自分にとって「今一番大事なこと」を優先して行動することが最も納得性が高いといえます。自衛官というと、上司の命令に従って自分を殺す組織、と思いがちですが、女性自衛官の方のお話をきいていると、組織のために、ではなく、社会のために自分が貢献できることは何か、という高い視点を持って仕事をしていることがよくわかります。これが、自律したキャリアの例ではないかと思います

個人が自律的なキャリアを志向していくなら、そんな個人を雇用する企業のあり方はどのようなものになるといいのだろうか。

“適材適所”がキーワードになるのではないかと思います。今までは企業が組織に合う人材(適材)を育成して作り込んで、適所に送り込んできました。でも、先を見通すことが困難になって、人事主導の適材適所は破綻してきています。ですから、適材を作り込むというより個々人の強みを活かして弱みを補い、個性が活かせるところ、本人が行きたいと言う場所に送り込んでいくことが、これからは重要になっていくのではないかと思います

武石氏の授業にゲストとして呼んだある民間企業の人事担当者が、興味深いたとえを披露してくれたのだそうだ。人材を活用する方法には「ブロック塀」と「石垣」の2種類があるのだという。

「ブロック塀は、四角に成形したブロックを積み上げて作ります。一方石垣は、形も大きさもみんな違う石を組み合わせて作っていく。つまり、石垣は多様性を活かす、ダイバーシティを重視する組織といえます。みんな違う、を前提に、削ったり無理に四角にしたりせず元の形を活かして全体に組み込むことで強い構造を作ることができるというわけです。VUCA(Volatility変動、Uncertainty不確実性、Complexity複雑性、Ambiguity不透明性)という言葉に象徴される将来の見えない時代には、無理矢理人材を成形しても、方向性の見極めが難しく失敗する可能性も多いでしょう。ですから今後、個人は自律的にキャリアを考え組織に貢献する人材になり、企業は個々の多様な能力を組み合わせて組織のパフォーマンス向上を目指すことが求められていると言えます

個人は自律してキャリアを選択し、組織は個人のチャレンジを応援する

ダイバーシティが話題にされるようになってずいぶんたつが、企業によってその取り組みには温度差があるように見える。

「“多様な人がいればいいよね”ではダメだということがわかってきたと思います。最近理想的な経営としてパーパス(企業の存在意義)を基軸にすることが重要だと言われますが、きちんと方向性を決めた上で、組織に所属する個人の多様性を活かすことが大事です。個人が好き勝手に行動することを容認するのではなく、拠り所=パーパスを基軸に多様な人材をマネジメントすることが重要になります。多様な人材を活かすためには、誰もが安心して発言できて否定されない、というのは重要です。ただ、すべての意見を取り入れるわけにはいきませんから、パーパスに照らして着地点を探ることになります。意思決定のプロセスで多様な意見を聞くことによって、組織が活性化し、イノベーションが生まれることが期待されています。例えば女性など少数派の人たちは、遠慮して意見を言えないことが多いですが、企業には、個人のチャレンジを応援して、たとえ失敗してもマイナスにはしないという姿勢で社会を活性化していって欲しいと思いますね

一方個人が置かれた立場も、“人生100年時代”を必ずしも手放しでは喜べず、いったい自分はどんなライフプランで生きていけば良いのか、途方に暮れることも多い。

「これまでの日本のキャリアは、何歳になると転職しにくいとか、結構年齢に囚われていたんじゃないかと思います。しかしこれからは、いつでもキャリアのトランジションの機会はありそうな気がします。女性だからとか、こんな年齢だからなどと自分で限界を作らず、いろいろなことに挑戦していくのが大事ではないでしょうか。女性の場合、“私は今子育て中だから”と、それを言い訳に諦めてしまう人がいます。子育てを言い訳にして、“できなかった”というのではなく、自分で“やるか、やらないか”を選んでいくという姿勢が重要でしょう。キャリア自律は自分でキャリアを選ぶということですから、選んだ結果は自分で責任を取ろうという心がけを持って様々なチャレンジをしてほしいと思います

 

 

(まとめ)

武石氏の指導する大学院には、社会人も通うことができる。結構高齢の学生もいるのだという。社会生活を経験してからの学び直しには、若い頃とは違った視点が加わり、より充実度が増しそうだ。これからは自分で自分に制約を設けず、いくつになっても、何でもできるの精神で歩んでいくことが求められるのだろう。

 

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

【写真:高橋圭司】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事
新着記事

トレンドnaviトップへ