マイナビ

トレンドnavitrend navi

キャリア教育は、迷いの多い高校生の人生の指針となるか?教科書がないキャリア教育の意義と課題

文部科学省/国立教育政策研究所 総括研究官 長田徹 × マイナビ進学総合研究所 主席研究員 宮内章宏

なかなか先が見通せない社会状況が続く中、もやもやとした不安を抱えている人は少なくない。これから進学・就職を視野に入れて進路決定の岐路に立たされている高校生ならなおさらではないか。そんな児童・生徒に大きな影響を与える日本の教育政策に関する総合的な調査研究を行っているのが国立教育政策研究所だ。自分は、どのように人生を歩んでいけば良いのか。そのために就くべき仕事とは? 児童・生徒が未来を考えていく際に助けとなる「キャリア教育」に、学校はいかに取り組んでいるのだろう。同研究所、生徒指導・進路指導研究センター、総括研究官の長田徹氏に、マイナビ進学総合研究所・主席研究員の宮内章宏がうかがった。

キャリア教育は何が必要か

宮内章宏(以下、宮内):新学習指導要領が小学校2020年、中学校21年と順番に導入され、高校は22年度に入学する生徒から実施されるとのことですが、今回の告示で特徴的だと思ったのは「総則」に「キャリア教育」という言葉が用いられ、「その充実を図ること」と明言されていることです。つまり、学校としてはかなり本腰を入れて「キャリア教育」に取り組んでいくことが求められていると思うのですが、このようになった背景にはなにがあったのでしょうか?

長田徹氏(以下、長田):「キャリア教育」という言葉が生まれたのは、1999年のこと。バブル景気が崩壊して、若者がずっと非正規雇用のままだったり、職を転々としたりする、いわゆるニートやフリーターが多くなっていることが問題となっていました。当時、文科省としては児童生徒にきちんとした勤労観・職業観を身に付けてもらうのは、従来の進路指導という枠組みの中で十分できるのではないかと考えていたんです。ところが、高校の進路指導というと、生徒が希望する大学や入社したい就職先に入れてあげるのが主眼になってしまって、「生き方」とか「キャリア形成」というところまで目が行かなかった。そこで、あえて耳障りな言葉を使うことで先生方に意識してもらおうと、思い切って「キャリア教育」という言葉に変えてみたというわけなんです。

宮内:なるほど。学校教育に「キャリア」という言葉を導入したのはインパクトがあったのではないかと思いますが、結果はどうだったのでしょうか? 「進路指導」と「キャリア教育」とでは、言葉の印象としてはかなり違うように思います。

長田:文科省では「キャリア教育」の一環として、中学校においては職場体験活動、高校においてはインターンシップを大事にしようというキャンペーンを張りました。その結果、そういう活動は充実してくるんですが、反面「キャリア教育」とはインターンシップをやっていればいいんでしょ? ということになってしまったり、「キャリア形成」は何か特定の教科・科目のみでできるものではないので、曖昧なつかみ所のないものになり、「何をやってもキャリア教育、だったら何もしなくてもキャリア教育」となってしまったり。そんな反省も踏まえて出てきたのが、さきほどおっしゃった「新学習指導要領」の総則です。「キャリア教育の充実を図ること」と明記され、日本の学校である以上「キャリア教育をしません」とは言えない状況になったわけです。

生徒の知りたいこと、先生の教えたいことの間にはギャップがある⁉

宮内:とはいえ、キャリア教育とはインターンシップや職業体験活動だと思っていた先生の場合、その総則に戸惑うこともあったのではないでしょうか?

長田:そのことに関連して、興味深い調査結果があるんです。私たちは令和元年、全国の小学校・中学校・高校にご協力いただいてキャリア教育の総合的研究をしました。高校の場合1000校の先生、3606人の高校3年生に聞いた結果をまとめたんですが、その中から特徴的なものを1つピックアップしてお話します。

 

以下は、高校3年生にお聞きした質問の回答です。(上位回答のみ)

■あなたは、自分の将来の生き方や進路について考えるため、ホームルーム活動の時間や総合的な探求の時間などで、これまでにどのようなことを指導してほしかったですか。

1.自分の個性や適性(向き・不向き)を考える学習(33.5%)

2.特に指導して欲しかったことはない(25.4%)

3.社会人・職業人としての常識やマナー(22.9%)

4.就職後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスク(19.7%)

次に、先生方にお聞きした質問の回答です。(上位回答のみ)

 

■あなたのホームルームあるいは学年における、キャリア教育の計画・実施の現状についておたずねします。あなたが「そのとおりである」と思うものをすべて選んでください。

1.生徒の進路相談を行っている(84.1%)

2.進学にかかる費用や奨学金についての情報提供や生徒主体の情報収集に取り組んでいる(62.1%)

(※中略)

14.就職後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスクへの対応に関する情報提供や生徒主体の情報収集に取り組んでいる(20.7%)

 

生徒には進路や、家庭の経済面の不安がのしかかっていて、大学には行かなければいけないと思っている一方で学習意欲が湧かないという生徒がいます。また就職を希望している生徒の中には、自分がどのような職業に向いているのか分からない、就職先でまわりの人と上手くやっていく自信がないといった切実な悩みを抱えている子もいます。

生徒は自分の個性や適性を考えたり、社会人・職業人としてのマナーや就職した後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスクについて学んだりしたいと答えています。一方で先生方は、進路の相談を受けたり、進学先や就職先の情報提供などを丁寧にやったりしてくださっています。もちろんそれはすごく大事なことなんですが、生徒はその先、自分はどうやって生きていけばいいのか、どんな力を身に付ければ、将来起こるリスクに対応できるのかを知りたいと思っているわけなんです。

このように高校生の意識と先生の意識にギャップが生まれているのです。

今回の新学習指導要領に「キャリア教育の充実を図ること」という文言が入ったのは、そういった生徒達の希望に添うことが狙いなので、先生方には是非将来に関する指導を大事にしていただきたいとお願いしている最中です。

キャリア教育に教科書が存在しない理由

宮内:この調査に表れている先生と生徒の思いのギャップには驚かされました。正直言って「キャリア教育」のお話の中に「リスク」という言葉がでてきたのは意外に思ったんですが、コロナ禍がなかなか収束しない中では、不安に襲われ「リスク」について考える生徒は増えているかも知れませんね。このような調査結果とともに、「キャリア教育の充実を図ること」を新学習指導要領で定められたということは、今までの高校の現状では不十分だと考えられたということになりますか?

長田:はい、それに関してですが、宮内さんは高校時代、ホームルーム活動で何をしましたか? 文化祭・体育祭の準備とか、試験が近いから自習、やることがなければグラウンドに行ってソフトボールでもするかなどということがありませんでしたか? もちろんソフトボールが悪いと言っているわけではありません。ホームルームには先生と生徒の信頼関係を築くという意義もあります。ただ、生徒たちが求めていることがあって、それに寄り添う内容項目が設定されているはずなのに、それをせずにソフトボールの時間になっているのはいかがなものかと。何も一年中キャリア教育をしてくださいとは言いませんが、高校生は青年期なりの不安・悩みを抱えていますから、それをきちんと捉えて、みんなで話し合ったり、先輩の話を聞いたりする時間を作っていただきたいということなんです。

キャリア教育の要となる特別活動(ホームルーム活動)は、数学や国語などの教科と違って教科書がありませんから、先生によって指導に差が出てしまうということはあると思います。新学期の始業式、ホームルーム担任の発表の時、「やったー!」と喜ぶクラスと、「なんだ…長田が担任かよ…」と落胆するクラスがありますよね(笑)。教科書がある教科は、教科書である程度の内容の担保はできますが、特別活動は教科書がないので、教師によって当たり外れが出てしまう可能性がある。それが難しいところです。

宮内:では、先生によって差が生まれないように、キャリア教育の教科書を作ろうという話にはならなかったのでしょうか? 教科書があれば先生の負担も軽減できるのでは? と思いますが。

長田:それを考えたこともあったんですが、教科書を作ると教える内容が一律になってしまいます。しかし、日本は地域によって生活や職業に対する意識も違いますし、普通科も専門学科も似たような教科書を使ってうまくいくだろうかという懸念もあります。そして、実はインターンシップがそうだったのですが、インターンシップさえやっていればキャリア教育をやったと言えるだろうという意識が一時期多くの先生方の中に強くあったという教訓がありました。教科書さえこなせばキャリア教育は終わったと思っていただきたくないというのも、教科書がない理由としてはあります。

なぜ学ぶ?なぜ働く?

宮内:教科書には答えが書いてあるわけですから、文科省が定めた教科書がある教科教育は、先生方にとってもやりやすいかと思いますが、キャリア教育は答えがないということで、先生方も大変ですね。国としては、これをこのようにやってくださいというのではなく、お互いに双方向で意見交換し、試行錯誤しながら作り上げていくということになるのでしょうか。定着までは時間がかかりそうな気がします。

長田:若い先生方は高校生と歳が近いので、自分が高校時代に抱えていた将来・進路への不安の質が近いんですね。その時の自分を思い出しながら、ユニークな授業をしてくれている先生が増えてきています。ある授業をご紹介しましょう。

その先生は、50分の授業で3回「なぜ学ぶ? なぜ働く?」と質問します。

1回目に尋ねると、ある生徒が「人の上に立って見下してやりたいから」と答えます。その高校では、総合的な探求の時間でサモアについて学んでいました。サモアは楽園に見えますが、生徒たちが調べていくと衛生環境が悪く、学校には電気も壁も黒板もなくて、国民が出すゴミを国内で処理できない。ちっとも楽園じゃないことを知っているのです。そこで、先生がサモアの17歳の少年からのビデオレターを紹介する。「僕にはこれらの問題を解決する知識も技術もない。でも、日本の高校生にはそれがあるんじゃないですか?」というところでビデオが終わります。

次に、実は日本のある商社がサモアに発電所を作るという計画があると紹介する。これは実際に進んでいる話なんですが、「みんながこの商社の社員だったとして、プロジェクトに手を挙げてくれないか」と先生が呼びかけます。発電所と言えば、理系の子は何となくイメージが湧きますが、文系の子はポカンとしがち。でも、このクラスでは1週間前に理系・文系の選択の話をしているので、自分の将来の仕事のイメージがつかめていたのでしょう。真っ先に文系の子が「はい、私は経理をやります」「僕は政府との交渉の通訳ができます」。ここで2回目の質問。さっきの生徒はここでも「人を見下すため」と答えるんですが、最後3回目の質問には「自分の人生、社会を変えるために勉強するんだ」と答えるんですよ。そしてこの授業はなんとも言えない良い雰囲気で終わるんです。

なぜ勉強しなければいけないかがわかったから、学習意欲が湧くんですね。見事な授業でした。こういう取り組みは少しずつ増えています。キャリア教育への取り組みは、一気に変えようと思っても先生方の負担が増えるだけなので、私たちが必要性を訴えて納得していただいた上で、「よし、だったら自分もやってみよう」と思ってもらえるように、先生方に伝えて歩いているところです。

自分で「学ぶ」ために必要な情報とは?

宮内:さきほどご紹介いただいた調査結果から、高校生たちは自分の個性・適性を考える学習を求めていることがわかりました。生徒に進学情報を提供する仕事をしている我々の立場から見ると、高校生たちが進路を選ぶに当たって、どんな仕事に就きたいかはまだ決まっていないけれども、何となくその学びに興味がある、偏差値的に大丈夫そうとか、家から通いやすいとか、そういう観点で大学選びをしているのかなというイメージがありました。キャリア教育に関連して、進路選択・学校選択のためには、どのような情報発信が必要だとお考えになりますか?

 

長田:そもそも高校生になりたい職業を見つけなさいと言うのは酷なことだと思うんです。60近い私だって本当にこの仕事は自分に向いていたのかと思うぐらいですので(笑)。ですから、将来就きたい仕事が決まらず悩んでいる子たちが、より自分に合う大学、学部を選択できるような情報発信やサポートをしてあげることが必要だと思います。

親御さんから「家から通える大学にしてね」と言われてとか、先生から「あなたの偏差値ではこの大学のこの学部だ」と決められたからではつらいですよ。少なくともこんな生き方をしたい、こんなことを学んでみたい、経験してみたい、こんな大学生活を送ってみたいぐらいの希望はほしいですよね。他人に選ばれると、何かあったり苦しくなったりしたときに人のせいにしたくなりますしね。「自分で決めるんだよ」というようなメッセージが改めて浸透すると良いなと思います。

宮内:最後にひとつ、今日は高校でのキャリア教育について伺ってきましたが、大学や専門学校などの高等教育機関でのキャリア教育についてはどのようにお考えですか?

長田:多くの大学は、高校でのキャリア教育を受けて、むしろ高校より熱心にキャリア教育をしていると言っていいでしょう。ただ、大学のキャリアセンターに行くと、就職情報ばかりで、生き方とか適性、将来のリスクといった学生が知りたいことまで手が届いていないという状況なのは、高校のそれと似ていますね。大学のパンフレットでも、どこの企業に何人! とか、どこの放送局に何人! など就職実績を強調する傾向にあります。やはり学生と大学との間に知りたいこと教えたいことのギャップがあるんです。エントリーシートの書き方などを丁寧に教えてくれるのは、もちろん必要だから良いんですが、就職した後の長い人生で、いったいどんなことが自分を待ち構えているのか、どんな力を身に付けておいたら良いのかなどを学生は知りたいのだと思います。

 

(まとめ)

IT化が進み、より多くの情報を手にすることができる一方で、本当に必要な情報、自分の人生の指針となるような情報を見つけるのは難しくなっているのかも知れない。迷いや悩みが増えてしまうのは皮肉なことだ。そんな中でも、すべての高校生の目の前に開ける人生が、キャリア教育の力によって明るく充実したものになることを願ってやまない。

 

【構成・文:定家励子(株式会社imago)】

【写真:吉永和久/写真AC】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事
新着記事

トレンドnaviトップへ