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AI(人工知能)については、もはや日常的に語られるようになってきている一方、“AIなんて文系の自分にはわからない”、“AIに仕事が奪われる!?”などと漠然とした不安を抱えている人も多いのではないだろうか。そんな不安にZOZOテクノロジーズをはじめとするさまざまなシーンでAIプロジェクトを推進する野口竜司氏が答える。これからの時代、我々はAIとどう向き合っていけば良いのかをマイナビキャリアリサーチラボ 所長の栗田卓也がうかがった。
2013年、英オックスフォード大のマイケル・オズボーン教授が共著で発表した論文「雇用の未来」で、「米国の全雇用の約47%が、コンピューターによる自動化で10~20年先に失われるリスクにさらされている」と結論づけ、多くの人々に衝撃を与えた。“AI失業”、“AI失職”などというセンセーショナルな言葉に不安を募らせるビジネスパーソンに、野口氏は著書『文系AI人材になる 統計・プログラム知識は不要』で「AIを敵対視せず」AIとの「共働きスタイル」を身に着けることを提言している。
栗田卓也(以下栗田):この『文系AI人材』という著書を読ませていただきましたが、AI誕生の時代背景から、どのように学んでいけば良いか、AIの企画はどうやって立てたらいいかに至るまで、ロジックが体系的に整理されていて非常にわかりやすかったです。野口さんはそういった情報を整理する力、論理的思考力というものをどうやって身に着けられたんですか? 元々持っていた能力だったんでしょうか?
野口竜司(以下野口):まず僕がどうして今のような仕事をするに至ったかをお話しするといいかもしれません。大学時代にゲーム理論を学び、それを機械にシミュレートさせたりするゼミにいたんですが、大学のあった京都のベンチャーネットワークに属する知り合いの社長から、“うちに来ないか”と言われ、在学中にその会社に入社することになりました。そこから主にデジタルマーケティング、データの解析、海外事業など新規のビジネスをいくつも立ち上げていったんです。その中で、デジタル上で情報をわかりやすくユーザーに提示するにはどうしたらいいかといった「情報構造設計」のコンサルティングなどもやっていたので、徐々にそういう整理術が身についていったのだと思います。
栗田:野口さんは文系だったんですよね。それなのに現在は、一見理系の人材が担うと思われがちなAIに関するコンサルティング、人材育成などを実施されている。どのような思い、戦略でそのようなお仕事をされているんでしょうか?
野口:AIに関して言うと、今は理系だからできる、文系だからできないというような文理ではわけられない時代になってきています。大学時代は文系でしたがゲーム理論というAIに近いジャンルの勉強をしていたのにもかかわらず、最初に就職した会社でAIについて学ばなければいけなくなったとき、とても苦労したんです。プログラムが難しくてわからないので、周囲にいるデータサイエンティストをつかまえて、焼き肉屋に連れて行き“これってどういうことなんだろう?”と訊ねてわかりやすく説明してもらい、何軒もの焼き肉屋を経てやっと理解できたというような(笑)。同じ苦労を他のビジネスパーソンに味あわせたくないなというのが僕自身のミッションとしてあります。
栗田:なるほど。さっきの情報構造設計もそうですが、AIに関する知識も仕事をする中で身につけていかれたわけですね。逆に言えば、必ずしも先天的な能力ではなく、どんな方でも学ぼうと思えば学べるということ。それは私のような“AIなんてわからない!”というようなタイプの人間にとっても心強い言葉ですね。
栗田:そこから一歩進んで、今後時代の流れとしてAIを使える人材が必要になることは間違いないわけなんですが、求められるパーソナリティ、リテラシーはどのようなものだと野口さんはお考えですか?
野口:僕はMIT(マサチューセッツ工科大学)の元教授、ダニエル・キム氏の「信じることから始める」という言葉が好きなんですが、AIと関わるのに適したパーソナリティ、身に着けたいリテラシーも同様で、AIを敵対視せず、共に働こうというマインドを持てるかどうかが大事だと思っています。AIはずいぶん進化したとは言え、まだまだ不完全な部分はあります。だから否定したりケチをつけたりするのではなく、“ここは苦手のようだけど、こういうことは得意だよね”と認めてあげる、信じてあげることから始める。人間関係も同じですよね? 苦手な分野はみんなで分業しようとか、AIに対してもそういう前向きなマインドがあれば、AIによる業務の効率化、イノベーションが起こせる人になれると思います。
栗田:なるほど、AIの能力を擬人化するというか、“AIは友達”みたいな意識で、「この子は物事を識別する能力が高そうだから任せよう。でも、感情を読み取るのは不得意なようだからそれは人間がやろう」と。AIを味方にしてどうやって一緒に仕事をしていくかを考えるのが個人のパーソナリティとして大事なんですね。
野口:おっしゃる通りです。そしてリテラシーについてですが、僕はよく“サラリーマン金太郎がAIネイティブだったら最強だ”という話をするんです。つまり、AIを使いこなす前提にはリテラシーというより、その人の所属する業界・企業に関する知識、社内調整力、人脈、事業実績など、ビジネスを推進していく上でのリテラシーなり、実力なりが必要だからです。AIのリテラシーは後付けが可能なので、まずビジネスパーソンとしての土台をしっかりと確立した上で、「AIを信じることから始める」というマインドによって、後付けでAIの知識を掛け合わせていく。それが非常に大事なんですね。金太郎さんみたいな人がAIを使ってイノベーションを起こそうとすれば、ものすごくビジネスにとってプラスになると思いますよ。
栗田:ビジネスでキャリアを積んだ管理職とか熟練と言われる層は、AIに仕事を取られてしまうんじゃないかと戦々恐々とするより、逆にそういう人たちこそAIに前向きに取り組んでいった方がいい。いや、むしろそういう、人を巻き込んだりビジネスをこういう風にやってみようと率先して主体的に動いたりすることが、AI時代には大事だということなんですね。
栗田:今、野口さんはAIの知識は後付けでいいとおっしゃいましたけど、それも含めてAI時代のビジネスパーソンが身に着けておきたい「AI人材基礎スキル」を著書『管理職はいらない』でまとめていらっしゃいますよね? それについてご説明いただけますか? 6つあったと思うのですが。
野口:はい、
(1)AI基礎用語力
(2)AI構造理解力
(3)AI事例収集力
(4)AI企画力
(5)AI目利き力
(6)AIマネジメント力の6つに加え、最近はマインドも大事だなと思って7つで説明しています。
つまり、AIを自分事として、「自分はAIと共に働くんだ」というマインドセットですね。それをしっかりと自分の中に入れた上で、AIの基礎用語や構造について理解する。これは丸暗記でいいんです。さらにAIの活用事例にはどんなものがあるのかを業界別、そしてAIのタイプ別にインプットすると非常に力がつくと思います。
タイプ別というのは、現状AIはどんな機能を持つかによって
(1)識別系(見て認識する)
(2)予測系(考えて予測する)
(3)会話系(会話する)
(4)実行系(身体・物体を動かす)
の4つに分類できるので、この事例はどのタイプにあてはまるかを情報収集するんです。
すると、AIは何ができて何ができないかが実例とともにインプットされるので、企画力も格段に伸びていきます。突拍子もないことを企画したり、外すこともなくなりますので。
そして次に大事なのが「目利き」。AIは1から新しくシステムを作るか、ある程度作られた既存のシステムをベースとして使うかが大きな分かれ道となります。まず作るか・使うかの判断をし、作る場合も使う場合も、そのAIが本当に優れているかどうか、目的のために使えるかどうかを判断しなければならないので、目利き力が大事なんです。そして最終的にはそのAIをどのように活用するか。業務内に入れ込むのか、分業をするのかなどを考えるマネジメント力が必要になってきます。
栗田:なるほど。先ずは社会人として日々の仕事で培った専門領域の知識や積み重ねてきた経験の上に、AI人材基礎スキルとなるマインドセットに始まってマネジメント力に至るスキルを身につけていけばAIを無闇に怖がる必要はないし、面白いものを作っていけるということですね。
野口:はい、その通りです。みなさんの属している業界、企業、部署によってそれぞれ課題はあると思うんです。その課題をきちんと発見し、解決するにはどうしたらいいか、どんなAIをマッチングさせるといいのか。ピントが外れているとリテラシーとAIの基礎的スキルがしっかり「かけ算」されず、せっかくのAIも十分に活用できません。さっきサラリーマン金太郎の話をしましたが、ベースになる実務の知識・経験はとても大事です。だからどんな企業でも熟練のみなさんがAIを取り込むと、面白いことができるようになるはずですよ。
栗田:AIのイメージと対極にあるようなビジネスと組み合わせてみると、いいかも知れないですね。実は面白い建設会社があって、そこはどんどん若手にシミュレーションさせたり、土壁の塗り方を教えるのに動画を活用したりしているんですが、たとえばそういう会社にAIをマッチングさせると面白いことになりそうですね。熟練の職人さんの技術・ノウハウをAIで解析してまとめて新人に教えたら、昔は一人前の左官になるのに1年かかったのが、数日でできるようになるとか。そんな大発見やイノベーションの可能性も見えてきますね。
野口;そうです。一見AIとは関係ないように思える業界こそ、早めにAIを取り入れればイノベーターになれる、かつ新しいものを作り出せるチャンスがある。ものすごい広さのホワイトスペースがあるということなんですよ。余談ですが、会話系AI、自然言語系AIはここ1年ぐらいでものすごいイノベーションが起きています。ある実験によると、大学生とAIにレポートを書かせたら、大学生が3日かかったものをAIは20分で仕上げ、しかも4科目中3科目で合格という良い成績を収めたそうです。人間は言語を通じて生活していますが、そこにAIがぐっと入り込む瞬間を今、私たちは体験している。そういう歴史的瞬間に立ち会っているということなんですよ。
栗田:AIにはさまざまな可能性があり、時代の流れとしてはもはやAIと付き合っていく以外の道はなさそうだということは分かったんですが、今後ビジネスパーソンがキャリアを築いていく上で、AIと上手に付き合うにはどうするのが良いでしょうか?
野口:まず管理職の方に対して申し上げたいのは、管理職こそ率先してAIネイティブになってほしいということです。全部知る必要はありません、要所要所を丸暗記で良いので身に着ける。それにご自分が持ち合わせているビジネス推進力、経験、マネジメント能力を掛け合わせれば、管理業務自体が大きく変化するでしょうし、そんな上司・管理職についていきたいというメンバーがどんどん増えることによって新しいAI時代のリーダーシップが生まれ、メンバーのやる気にますます火をつけることができると思います。最近よく「AIに強い会社、弱い会社」という言い方をしますが、AIに強い会社にするのは管理職であって、若手の責任ではありません。管理職以上の層の方がAIに強い会社にするんだ、それによって良い人材を惹きつけるんだということを、自分の責務として意識していただけるといいなと思います。
栗田:つまり、今うかがったことを噛み砕くと、管理職はAIなんてわからない、苦手だなんて言ってるより、失敗してもいいから一緒に学んでチャレンジしてみようよという姿勢を持つべきということになるでしょうか。AI導入ってめちゃくちゃ金がかかりそうだけど、今はそうでもなさそうだと。同業がやってるみたいだから、うちもやってみるか。既存のシステムを使えば、簡単にできるんだというリテラシーを持つことが管理職に必要なことのようですね。
野口:その通りです。そして若い人たちには、そういうAIに対して積極的なマインドを持っている管理職がいる、AIに強い会社を見極める目を持つことが重要だと言いたいですね。もし、今自分の所属している会社がそうではないと思えるなら、若い人こそAIを学び、自分より上の層に刺激を与え、会社を変えるぐらいの気概をもつといいのではないでしょうか。新しい時代に当たり前になる技術を使いこなせないと、競争の激しいビジネスの舞台で埋もれてしまいかねません。ですから、AIに強い会社を求めて転職を繰り返すという方法もあるかもしれませんが、まず自らがAIを使いこなせる“AI人材”になることを目指してほしいなと思います。
(まとめ)
20世紀の終わり頃、IT時代の始まりのタイミングでも今のAIに対するのと同様な、ITに対するアレルギー反応のようなものがあった。しかし今や誰もがパソコンを使って文章を書き、メールを送り、動画を見ている。AIもそう遠くない時期に誰もが当然のように使うものになるに違いない。栗田氏の言葉を借りるならばAIと“友達づきあい”をする日もすぐにやってくるだろう。そんな時に慌てないためにも、今から基本的なリテラシーを身に着けておきたい。
【構成・文:定家励子(株式会社imago)】
【写真:高橋圭司】