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価格に見合った価値のあるものを、物語ごとお客様に届ける

株式会社caramo 代表取締役 中村亮

コロナ禍による自粛で奪われた楽しみの一つが買い物。何か面白いものがないだろうか……と通販サイトを覗く時間が増えた方も多いのではないだろうか。数ある通販サイトの中で、「ここならではの逸品がある」と評判を呼んでいるのが「藤巻百貨店」。その運営会社の代表で創業者の中村亮さんに、「日本」をテーマにしたものを売るサイトは、どのようにして生まれたのかについてうかがった。

日本にたくさんある“いいもの”を世に出していくことの意義

ぶらぶらと自由気ままに歩きながらのウィンドウショッピングが好きという人は多いはず。しかし、“Stay Home”が推奨され、店が開いていないなら代わりに…とネットサーフィンしてみても、ウィンドウショッピングのような偶然の物との出会い、楽しさが味わえることはなかなかない。そんな中、ここで売っているものなら買いたいと多くのファンがいる通販サイトがある。それが藤巻百貨店。有名百貨店のカリスマ・バイヤーとして名を馳せていた故・藤巻幸大氏が出会い心を震わせた、日本中の“いいもの”たちが並んでいる。

「僕が当時所属していた株式会社ザッパラスの子会社の社外取締役に藤巻さんがいたんです。何か一緒にやれないかとブレストを繰り返している中で、 “日本にはいいものがいっぱいある。それを世の中に出していくことは意義があるんじゃないの?”という藤巻さんの言葉が出てきました。それまで何を商品として、どんなサービスを展開していけばいいかずっと悩んでいたんですが、その言葉でハッとさせられました。日本のいいもの、それを作っている職人さん、産地、気候、風土をテーマにeコマースのサービスをやっていこうと心が決まったんです」(中村亮さん。以下同)

藤巻氏は、有名百貨店で次世代・新進デザイナーによるファッションブランドを立ち上げ、一番目立つ1階中央フロアに売り場を設けるなど、画期的な試みで注目されたことから、カリスマ・バイヤーと称賛された。その藤巻さんの肝いりとはいえ、通販サイトには米国を発祥とする全世界的に有名な巨大サイトをはじめとする競合がたくさんある。中村さんに勝算はあったのだろうか?

「正直、どうなるかはわからなかったですよ。オープンしたのは2012年ですが、ちょうど当時はガラケーからスマホへの移行の時期。それまで僕はキャリア・コンテンツを作る仕事をしていたんですが、お客様はスマホになると制約がないので会員になってもすぐに辞めてしまう。そんな状況では、上手く行くかどうか…というより、ニーズがあるのかどうかもわからなかったですね。だから、基本的には本質で勝負。原理原則にのっとってきちんとやっていくしかないかなと、それだけ思っていました」

共に成長する仲間を作っていくというビジネスの魅力に惹かれて

中村さんの言葉に、藤巻百貨店のオープン前まではキャリア・コンテンツを作る仕事をしていたという話があった。それまでのどのようなことを手がけてきたのか、仕事の軌跡をうかがってみよう。

「僕は、本当は学校の教師になりたかったんです。高校の先生になって社会にでていく人を育てたいと。だったら、社会のことを知らずに先生になるのはおかしいんじゃないかと思って、まず社会で勉強しようと思って就職しました。最初の会社には申し訳なかったと思いますけど、3年ぐらいで辞めるつもりでした。でも、仕事が面白くなってしまって…転機は2社目、情報通信業の光通信という会社に入ったときです」

当時は劇的に会社が成長する時期で、仕事は本当に過酷で大変だったそうだ。営業のほか、人事や総務といった事業の根幹にも携わっているうちに、中村さんの心境に変化があったのだという。

「学校の教師は、国語算数理科社会といった勉強を教え、生徒を評価する。でも、会社で上司はビジネスについて教えると同時に、部下にとって人間の手本みたいなものにならなければいけないわけです。そして、共に成長する仲間を作っていくということが魅力に感じられました。いくつか“先生にならないか”という誘いもあったんですが、お断りして今に至るという感じですね。ビジネスで生きる方が、僕の性に合っていたんだと思います」

その後、いくつかの会社に転職したり、自分で起業するなどして株式会社ザッパラスでeコマース事業を手がけているときに藤巻氏に出会い、藤巻百貨店をオープンすることになった。一見、紆余曲折の道にも思えるがそうでもないと中村さんは語る。

「いろいろやっているように見えるかも知れませんが、基本的にやっていることは新しいサービス、インターネットを利用したサービスを作ることで、あまり変わっていません。藤巻百貨店で小売り業をやるようになったと言っても、売る物がデジタルコンテンツからリアルな物に変わっただけで、基本のスタンスは変わっていないんですよ」

感性に訴えかけ、共感を作っていくような通販サイトを目指して

藤巻百貨店をオープンするにあたり、中村さんがまずやったのは、1日3社と決めてメーカーや職人を訪問し、出品を交渉することだった。

「1日3社って、実は結構大変なんですよ。毎週毎週、同じところで同じ話をしていてもしょうがないなと思って、会議もサボって(笑)。とにかくいろんな人に会いました。最初は“藤巻百貨店?なにそれ?”と言われていたのが、だんだん認知されるようになっていき、そのうち“この人に会ってみたら?”なんて知り合いを紹介されるようにもなって」

ただ、町工場などで少人数の職人が製作を担っているようなところは、取り扱っている店もなく、情報も少ない。物作りが盛んなエリアを歩いていると、ここはなんだろう?と思うような工場がある。しかし、よくわからないので通り過ぎていると、ある日、目にした商品を作っているのが、かつて気になっていた工場だったということが頻繁に起きるようになる。情報が繋がっていくのだ。あとはとにかく電話をしてアポイントを取って“突入”。そんな戦略は、以前に所属した会社で培われた「スキル」だったのだそう。

「ものを集めるのは、そういう自分の足を使ったり、藤巻さんのアドバイスで何とかなりました。でも、eコマースで売り上げを作っていくのは“集客×購入率×単価”です。集客を何とかしなくちゃいけない。そこで活用したのがFacebookでした」

Facebookは匿名ではなく実名での発信が特徴だ。藤巻幸大の名前を前面に出して、商品をアピールしていく。すると、“あの人が薦めているなら…”とファンがついていった。ただ商品を並べて陳列するのではなく、そこに売る人の視点が入る。なぜそれを薦めるのか、そのものが作られた背景にはどんなエピソードがあるのか。それが語られるから、キュレーションECサイトなどと言われるようにもなったのだそうだ。

「僕は、藤巻百貨店は“共感のビジネス”だと思っています。たとえば、通販専用の安売りの製品を見ても、すごいなと思わないですよね? でも、なにか素敵なアイテムを見て“おー、すごいね”と思えば、“いいね”がついて広がっていく。そんな感性に訴えかけ、共感を集めるようなことを藤巻百貨店ではやっていこうと思いました」

当事者さえ見過ごしていた価値を拾うこともサイトの使命のひとつ

藤巻百貨店のサイトを見ると、特徴的なのが商品の説明だ。それがどういうものかはもちろんのこと、製品が生まれた背景、作り手の声までもが紹介されている。いわば、製品の物語を知ることができるということだろう。

「藤巻百貨店は当初から安売りをするということは考えてなかったんです。物の価値は価格と等価。そうじゃない場合は売れないし、これにはその価格だけの価値があると思ってもらえれば売れます。うちは、よく値下げをしないと言われるんですが、別に高く売ろうと思っているわけじゃありません。こういう価値があるということをわかって買ってもらえるなら、絶対にその方がいいわけで、それをわかってもらえるように、コンテンツ作りには手をかけています」

藤巻百貨店では、日本の伝統工芸「切子」関連の製品のラインナップも豊富だ。以前、市場ではあまり見かけない白の切子の商品を販売したところ、大人気となったことがあるそうだ。

「切子と言うと、青や赤が一般的で、白はほとんどなかった。というのも、素材となるガラスが純白でほこりなど入ってはいけないこと。また、素材が固くて技術的に難易度が高ったからです。でも、ある職人さんが白の切子を手掛けているというので、じゃあそれを押していきましょうと提案しました。すると評判になって軒並み品切れ。あとで、その職人さんには売れると思っていなかったのでうれしいと感謝されました」

このエピソードからもわかる通り、当事者さえも見過ごしていた価値を拾っていき、それを欲しいと思うお客様に売るのも、通販サイトの重要な役割と言えるだろう。ユーザーのニーズにこたえて、ここでしか買えない「藤巻オリジナル&別注」をメーカーとコラボして多数投入しているのも、藤巻百貨店の大きな特徴だ。

「僕は、最初教師になりたかったと言いましたけれど、今、上に立つものとしてスタッフたちに言っているのは、うちは単なる小売り業ではないということ。右から来たものを価格を下げて左に売っていくのではなく、そのものの価値を発見して、その物語ごとお客様に伝え、愛着を持って使っていただく。それが自分たちの役目だということを言い続けています。みんなイメージはできても行動に移すのは大変なようですが(笑)。でもいつか、パズルがカチッと合うようなことがあるはず。そう信じてやっています」

 

藤巻百貨店には通販サイトには珍しく、実店舗を銀座と富山に展開している。それは、実際にものに触れて購入を検討したいという、買い物のプロセスを楽しむお客様も多いからだという。いいものを、愛着をもって使えるものを、自分の目できちんと選びたいというユーザーの熱い気持ちが伝わってくる。今、日本の物づくりには、人件費が高いという理由での海外への生産流出、後継者問題など、難しい壁が立ちはだかっている。しかし、いい物を作り、それを望む人へ届けるという藤巻百貨店のコンセプトは、その一助になるのではないだろうか。

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

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