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コロナ禍のピンチをチャンスに 私たちが今取り組むべきこと、目指すべきこと

国連広報センター所長 根本かおる

あっと言う間に世界中に広がったウイルスにより、世界は実に緊密に繋がっていることをあらためて感じた人は少なくないだろう。世界には、自国だけでは解決できないさまざまな問題がある。それらを解決に導き、すべての人が幸せに生きられるよう、世界をよりよい場所にするよう、地球規模での取り組みを進めているのが国連だ。その働きを日本の人々に伝え、理解と関心を深め支援を得る活動を行っている国連広報センター所長の根本かおるさんに、コロナ禍を生き、乗り越えたあとに我々が目指すべきことについて聞いた。

重要なのは、SDGsによるシステムの転換

昨年2020年は、国連が創設されて75年という記念の年だった。コロナの感染拡大を抑えるため、国同士の行き来を禁じる動きがある中、世界の193ヵ国が加盟する国連が75年という節目を迎えたというのには不思議な意味合いを感じる。

※国連創設75周年を記念して昨年2月に開催したイベントのテーマは「一緒につくろう、私たちの未来」。若者に向け「自分たちの声を発信しよう」と対話を呼びかけた©UNIC Tokyo」

「たしかにそれは象徴的なことだったと思います。国連は、2つの世界大戦の反省の中から生まれた組織ですが、コロナも世界の、そして国際社会にある多くのひずみをあぶり出しました。コロナは、人間が自然を破壊して、あまりにも自然界に土足で踏み込み過ぎたために起きたことという一部の見方もあります。その結果、ギリギリの生活をしていた人たちが、高い崖っぷちからぽんと背中を押されて困窮に突き落とされるようなことが、あらゆるところで起きています。最初は健康・医療の危機だったものが、瞬く間に経済、金融、教育や人権、ジェンダー不平等などあらゆる危機を引き起こしてしまいました」

昨年9月、日本のあるNPOの調査で、シングルマザーの約2割が支出を切り詰めるため食事の回数を減らしているという結果が出て、衝撃が走った。そのような経済活動はもちろんのこと、オンライン環境がないなどの理由で教育の機会が奪われたり、非正規雇用の比率が多い女性の雇用が断ち切られたりなど、コロナ禍が長引くにつれて困窮を極める人が増えている。

海洋プラスチック問題への関心が世界中で高まる中、2019年6月に江ノ島で開催された「スポGOMI」大会に「国連チーム」として出場し、マイクロプラスチック問題に警鐘を鳴らした©UNIC Tokyo

「これらの危機は短期的な視点で考えても、どうにも対応できないことはみんなわかっていると思います。国連は2015年のサミットで世界全体で取り組むべき国際社会共通の目標SDGs(持続可能な開発目標)を決めましたが、まさにこのSDGsによるシステムの転換が今こそ必要だということが、コロナによって再認識されたのではないでしょうか。“ピンチをチャンスに”という言葉がありますが、我々はこの大変なピンチをチャンスにしてシステム転換を呼びかける契機にしたいと思っています」

社会の中で取り残される人、置いてきぼりにされるのは誰なのか

SDGs(Sustainable Development Goals)とは、国連加盟193ヵ国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標だ。その下には、目標を達成するために細分化された計169のターゲットが示されている。日本でも企業によってはSDGsの推進を専門とする部署が作られるケースもあったが、コロナ禍でその流れに逆行する動きがあるのではないかと懸念される。

「私も昨年初めの頃は、コロナでSDGsやESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資のこと)はどうなってしまうんだろうと心配していました。でも、蓋を開けてみれば、それらへの関心は高まりこそすれ、低くなってはいません。今はどの国も自国を何とかすることで精一杯なので仕方ないでしょう。ですが、コロナのように自国だけ安全でも、途上国などを含め世界全体が安全でなければ、モグラ叩きのように危機が巡り巡ってくる。ですから。経営者も短期的な物差しだけでは、さまざまな危機に太刀打ちできないということが分かったんだと思います」

※2019年3月にケニアを訪問し、SDGs推進に向けた国連の活動や日本との協働を現地で視察。難民・地域住民統合型のこの小学校では、食料支援として提供される学校給食が、子どもが学校に通う呼び水になっている©UNIC Tokyo

国連では今、“No one is safe until everyone is safe.(誰もが安全になるまで、誰も安全ではない)”という言葉が一つのスローガンのように使われているそうだ。世界をある意味“平等”に襲ったウイルスを前に、まさに私たちが肝に銘じるべき言葉だろう。この災いを乗り越えたあとには、どのような世界を目指すべきなのか。

「コロナ以前の社会がこの厄介な新型ウイルスのパンデミックを生んでしまったのですから、コロナ前、つまりオールドノーマル(old normal)に戻ることは絶対にあってはならないと思います。よりよい復興、つまり、SDGsの17の目標を羅針盤にして、より公正で、よりクリーンで、より格差がなく、より持続可能な、そういう方向性を目指す復興であるべきです。それは国レベルだけではなくて、企業、学校、地域、あらゆるレベルで言えることではないでしょうか。たとえば、ネット環境がないからという理由で教育が受けられなくなっている子どもたちなど、ややもすれば取り残されてしまう人を出してはいけません。社会の中で置いてきぼりになってしまう人はどんな人たちなのか、想像力をたくましくして支えていくことが今後ますます求められるのだと思います」

マスコミの経験を国連に生かすために

2013年より現職の国連広報センターの所長を務めておられる根本さんは、最初から国連関連の仕事をしていたわけではない。大学を卒業してまずはテレビ朝日にアナウンサーとして就職した。

「当時民放キー局は、TBS以外は女子はアナウンサーでしか採用していない時代。実際に就職してみても男社会で、男性の論理に合わせなければ排除されてしまい、理不尽だなと思いました。私は神戸出身で関西弁でしたしアナウンサーには向いていないと思ったので、自分の足で取材して報道する報道記者になりたいと報道局に異動願を出し、その頃問題になっていた日米通商摩擦などを担当していました」

しかし、自分はアメリカに住んだこともなければ専門家でもない。それなのにしたり顔で報道することに、根本さんは違和感を覚えたのだという。そこで、当時例がないことではあったが上司を説得して会社に休職届を出し、アメリカに留学。そして国連に出会うことになる。

「留学先をニューヨークのコロンビア大学に決めたのは、テレビ朝日の支局があったから。メディアのハブでもあったので、国際関係論を学ぶには絶好の場所だと思いました。ニューヨークには国連の本部もあり、国連の現職の高官や職員が講義やゼミに来てくれて、国連の仕事に触れ、近い存在になったんです」

※大学院生時代にUNHCRネパール事務所で難民支援に携わるインターンシップを経験。これが転機に©UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

当時は難民の支援をする国連難民高等弁務官を、日本人の緒方貞子さんが務めていた。子どもの頃、父親の仕事の関係でドイツに移り住んだことがあり、肌の色などからマイノリティとして差別された経験がある根本さんにとって、マイノリティに寄り添う難民支援の仕事はとても魅力的に映った。

「最初は大学院の夏休みを利用してネパールにあるUNHCR(国連高等弁務官事務所)の現地事務所でインターンとして働かせてもらいました。そこには、自分の出自、民族、宗教、政治的な信条によって迫害され、国を追われたブータンからの難民たちが避難生活を送っていました。難民はいわばマイノリティ中のマイノリティという存在で、難民たちの価値観や生き様から大きな衝撃を受けました

※ケニアのダダーブ難民キャンプは世界最大規模。多くがソマリアから避難。故郷を知らない子どもも多い©UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

国連の仕事を内側から見る機会を得て、自分のマスコミでの経験が国連の仕事に活かせるのではないかと考えた根本さんは、その後テレビ局を辞め、UNHCRを皮切りに国連でのキャリアをスタートさせることになった。

マイノリティのためにさまざまな支援を行ってきた根本さんは、2011年の東日本大震災で多くの人々が被災した状況に接して、国際的な難民・避難民支援活動から得た経験と知見を日本に還元すべき時ではないかと思い、いったんは国連の仕事を離れジャーナリストとして働いていたが、2013年にまた国連の仕事に戻り現在に至っている。

気候変動対策は待ったなし

SDGsの17の目標のひとつに「ジェンダー平等を実現しよう」というものがある。世界経済フォーラムが毎年発表する「ジェンダー・ギャップ指数」によると日本は2020年、なんと153ヵ国中121位。先進国では圧倒的に最下位だ。

「1995年に第4回世界女性会議(北京会議)というものが開かれて、昨年は25周年。この25年間で日本でももちろん前進はありました。でも、依然として95年の会議のときと同じテーマが話し合われています。一方世界はもっと速いスピードで変化していますから、日本の相対的な順位は落ちるばかりというのは当然でしょう」

 

今回、取材を申し込むに当たり根本さんからはサイトの購読者、また登場する方々の男女比を尋ねられた。講演などを依頼されたときはいつも尋ねていることで、著しく女性の割合が少ない場合などは、同じようにすることはできないのかと問いかけるのだそうだ。

「たとえば、女性の問題について討論する場でも、決定する立場の人がほとんど男性だったりすることはよくあります。また、男性の意識ばかりか、女性もそういうアンバランスな状態を許してしまっているのも問題だと思いますね。この間、ある知事の発言をきっかけに“ガラスの天井”という言葉が話題になりました。男女平等を達成するには、見えない障壁、ガラスの天井を打ち破る必要があるんです。そのためにはまずは声をあげること。不平等に敏感になることも大事なのではないでしょうか」

※2019年4月に開催したFacebookライブ「スポーツで気候行動に取り組もう!」では、個人レベルで気候変動に取り組めることを考え実践することを呼びかけた©UNIC Tokyo

ジェンダー問題に加えて、近頃の日本で気になるのは自然災害の多さだ。気候変動・地球温暖化が原因とみられるが、そのことについて話し合う国連の会議COP26も昨年開催される予定が、コロナ禍で今年11月に延期となった。

「コロナは長くても数年で収束するでしょう。でも、気候変動が与える打撃、及ぼす期間は非常に大きく、また長期にわたります。昨年は16年と並んで観測史上最も暑い年で、産業革命前と比較すると地球の気温は2℃上昇。それをパリ協定では1.5℃に押さえることを目標にしています。温室効果ガスの排出を大幅に減らすことはもう待ったなしです。国の主導で取り組むことも大事ですが、私たちが個人レベルでできることもいっぱいありますから、みなさんも自分ができることから始めていただきたいですね」

 

(まとめ)

難民の問題は、日本人にはなかなか身近に感じられないと思っていた。しかし、東日本大震災を初めとする自然災害では、自分の住む場所を奪われた人がたくさんいるし、日本に逃げてきている海外からの難民も多くいる。その人たちこそ、身近にいる難民であるという根本さんの言葉にハッとさせられた。想像力をたくましくすることこそ、コロナ禍を生き抜き、アフターコロナにNew Normalを実現する鍵だろう。

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

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