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介護に関わる人の可能性が100%生きる社会を作るために

株式会社Join for Kaigo 代表 秋本可愛

人材不足は現代日本の大きな問題のひとつ。介護業界でも例外ではない。そんな中、介護に関わる若い世代のコミュニティを運営し、リーダー育成を目指すJoin for Kaigoの働きに注目が集まっている。その取り組みとは、果たしてどんなものなのだろうか。

介護される人をめぐり、課題・問題が複雑に絡み合う介護の現場

介護というと、増える認知症患者や家族の介護疲れなど、どうしても暗い話題になりがちだ。できれば、関わらずにすませたいと思うのが普通ではないだろうか。しかし、Join for Kaigo代表の秋本可愛さんは、これからより介護の課題が大きくなる中、自分たち若い世代が重要になると、大学卒業とともに起業。Join for Kaigoを立ち上げ、介護に関わる人達のコミュニティ運営、法人向けの介護人材の採用や育成のコンサルティングなどを手がけている。

「きっかけは、大学2年生の時に所属していた起業サークルで、認知症をテーマにしたフリーペーパーをつくったことです。介護なんて全く興味がなかったんですが、私のチームにおばあちゃんが認知症だというメンバーがいて、彼の思いに応えるようにして活動しはじめたら、いつの間にか介護業界の人みたいになっていた…という感じですね」

 フリーペーパーの制作に当たって、まず現場を知るためにデイサービスでのアルバイトを始めたら、いろいろな課題に気づかされたのだという。

「たとえば認知症のお年寄りがひとりいるとして、介護はご本人の問題に留まりません。家族の経済状況、関係性、生活の中で何を重視したいかという価値観などについても知る必要があります。一方、介護の事業所側には人材や教育などの課題が。とにかくいろいろな課題・問題が複雑に絡み合っているので、どこか1点を解決すれば、すべて丸く収まるというものではないということを感じました」

 当時、東日本大震災が起き、人のため社会のためにボランティアをしたり奉仕したりすることに、社会的な関心の高まりがあった。しかし秋本さんは、その中に介護の問題が入っていないことに違和感を覚えたのだそうだ。

「一般的に言って、介護の当事者になるのは親が老人と言われる年齢に達する40代ぐらいからです。年を重ねてからいきなり介護の問題に直面するのでは遅いのではないか。もっと早くから、若い世代が介護に関心を持つきっかけを作れたらいいなと思ったんです」

 そして、秋本さんは大学を卒業した2013年4月に株式会社Join for Kaigoを起業した。

ひとりひとりのリーダーシップの可能性に光を当てたい

2025年、団塊の世代が後期高齢者になり、国民の4人に1人が75歳以上になって、介護人材が約38万人不足すると言われる。介護への関心を高めることを目標にして起業した秋本さんは、介護の現場でリーダーシップを発揮できる人を増やすことの必要性を感じた。

「さっきも言ったように、さまざまな問題が複雑に絡み合った介護の現場では、些細な変化に気づくプレイヤーの存在が大事になります。でも、そんなプレイヤーひとりひとりに100%の可能性があっても、実際には20%ぐらいしか発揮できない、という環境があるんじゃないか。もっと各プレイヤーのリーダーシップの可能性に光を当て、十分に活躍できるようにしたいと思い始めたんです」

 そこで発足したのがKAIGO LEADERS(カイゴリーダーズ)。「2025年、介護のリーダーは日本のリーダーになる」というビジョンを掲げ、高齢化社会をポジティブかつ創造的に変革するアクションを起こすため、「まなぶ場」「つくる場」などのイベントを運営し、リーダーの誕生を促している。

「私たちの言うリーダーとは、いわゆる役職者、上に立つ責任者のような人のことではありません。介護の仕事に関わるひとりひとりが、チームの目標達成や現状をより良くするために行動して、周囲に影響を与えていくこと。それがリーダーシップだと思うんです。たとえば介護の領域では、現場の介護職が気づく課題がとても多い。自分の担当している方の変化、家族の変化に気づいたら、それに対して見て見ぬ振りをせず、一歩踏み出せるかどうかが大事。そうやってひとりひとりが自分の強みを活かしながら、リーダーシップを取り、仲間と連動して力を発揮できるようなチーム作り。それが介護の現場で求められているんだと思います」

コミュニティに属し、仲間がいることの重要性

最初は飲み会から始まったというKAIGO LEADERS。イベントを開催すれば人は集まったが、秋本さんはそれだけでは満足できなかったのだと言う。

「いろいろな人たちが介護に課題意識や、これをやりたいという思いを抱えていることはわかりました。でも、その先で参加者の思いがどうやったらアクションにつながるのか、どうしたら変わっていけるのかが見えなかったんです」

 迷った秋本さんが出会ったのが「マイプロジェクト(マイプロ)」という参加者の対話による教育手法。KAIGO LEADERSでは、定員12名で3ヵ月に計6回のワークショップを行う「KAIGO MY PROJECT(カイゴマイプロジェクト)」を定期的に開催。今年1月には18期が始まったのだそうだ。

「参加者は、まず“ME編”と“PROJECT編”の2枚のマイプロシートを書いてきてもらいます。そのシートの内容で、その人が今までどのような価値観で生きてきたのか、どんなことをしたいと思っているのかがわかります。それを元に本当にその人がやりたいことなのか、参加者同士での対話を通して自身の思いを深めていきます。すると、自分でも意外な価値観を持っていることに気づいたり、やりたいことに対する思いをクリアにしていったりすることができるんです。最近では、実際にプロジェクトを進めている過去の参加者にメンターとして入ってもらい、より実践的なアドバイスをしてもらっています」

 これまでの参加者の中には、起業したり、地域に密着した医療がしたいと“移動式屋台”で珈琲などを配りながら、街の人の健康相談を受けたりしている医師がいる。介護職に就いている人はもちろんだが、別業種からの参加者も多く、さまざまなアクションが生まれているようだ。

「最近起業した40代の女性は、特別養護老人ホームでケアマネージャーをしていた方なんですけれども、ホームに入っている方だけでなく、ご本人を支えるご家族の支援に思い入れがあり、既存の施設では家族の支援までやりきれないことから、一緒にプロジェクトに参加していたメンバーと共に株式会社BLUE PLUSという会社を立ち上げ、介護される人の家族に対する支援や介護と仕事の両立をしやすい組織づくりなど行っています。最初その方は、起業するようには見えなかったんですが、若手のメンバーの中に入って、どんどん情報を吸収し、いろいろなところに出て行くようになって、ずいぶん変わったんだと思います」

 人がひとりでできることには限りがある。しかし、このように仲間がいると、お互いに背中を押し合ったり、アドバイスをし合ったり、コミュニティの力は大きいと秋本さんは感じるようになった。KAIGO MY PROJECTのOB・OGは現在180人ほど。SNSでつながりを持ってさまざまなアクションが行われているのだそうだ。

2025年までに1万人のKAIGO LEADERが在籍するプラットフォームを作る

秋本さんは、KAIGO LEADERS、KAIGO MY PROJECTの運営のほか、全国各地を講演してまわったり、介護事業者の採用や人材育成のコンサルティングなども手がけている。

「介護の世界は、ある意味閉ざされた世界でもあります。私自身、学生時代のアルバイトでは、ただおばあちゃんおじいちゃんができなさそうなことを見つけて、ひたすらお世話してあげるのが介護だと勘違いしていました。でも、実際は、できることをお互いの関わりの中で引き出したり、活躍できる環境を整えたりすることが大事なんだと、外の世界を知って初めて知ったんです。自分の環境が全てだと思ってしまうと、なかなかそれに気づきにくい。だからこそ介護をテーマに組織や職種を超えてつながれる場を作っているんです。若手が意欲を持って意見しても、組織は人手不足でそれどころじゃなかったりするので、採用や育成など組織の課題解決にも取り組んでいます」

 Join for Kaigoは、2025年までに1万人のKAIGO LEADERSが在籍するプラットフォームを作ることを目標としている。1万人がそれぞれの現場でリーダーシップを発揮すれば、そのアクションは周囲に波及して大きな力になるに違いない。そんなKAIGO LEADERSの行動となる指針「KAIGO LEADERS VALUE」というものがある。

1.違和感を見つめる

2.つながりに気づく

3.柔らかく考える

4.思いをシェアする

5.まず動いてみる

これは、これまでのゲストとしてお招きしたトップランナーのあり方を言語化したり、秋本さんがたくさんの人の思いや悩みを聞かせてもらう中で、そんな人たちが悩んだり立ち止まった時に、ふと気づきをくれたり時に背中を押してくれるようなものにしたいと思って、

言葉を丁寧に選んでつくったものなのだそうだ。介護の現場だけではなく、どんな仕事にも共通して掲げることのできる指針のようにも思える。

できるかできないかではなく、やりたいかやりたくないかを重視したい

昨年12月からはオンラインコミュニティも始動。北は北海道から南は九州・沖縄まで80人ほどの参加者がいるそうだ。

「東京でイベントを開催すると、たとえば九州から飛行機で来て、出席してくださるかたもいます。ありがたいことですが、単発のイベントで参加者の心に火を付けることはできても、それを持続するには仲間が必要だと思いました。介護は東京だけではなく地方にもあります。そんな全国の人たちをつなぐ場所としてオンラインコミュニティを始めました。私の故郷である山口県にはまだひとりもいないのが残念なんですけれども(笑)、他の県での取り組みに触発されて、じゃあ自分も何かやってみようとか、誰かと一緒にやろうという人も出始めていて、そういう意味では今年が勝負。頑張ってコミュニティを活性化していきたいです」

 秋本さんが大事にしているのは、「できるかできないか」ではなく、「やりたいかやりたくないか」なのだそうだ。

「私は、最初は介護に関心などなかったと言いましたが、なんだかいろいろやっていたら、介護の良い面も悪い面も見えてきて、介護が自分のやりたいことになっていきました。介護は、必ずしも前向きな気持ちだけでできるものではないです。社会の現状に対して、許せないと感じたり、理不尽さに違和感を覚えたりするのも、自分のパワーになると思います。違和感って不思議で、すぐにそれを行動に移さないと、慣れてしまうか、そこに文句ばかり言って自分を正当化するだけになってしまう。だから、自分の気持ちに正直になることも大事だと思いながら、今後も頑張っていきたいですね」

 先日秋本さんは、ある企業で仕事と介護をどうやって両立させるかをテーマに、ワークショップを開いたそうだ。介護のため離職を余儀なくされるケースも増えている昨今、介護離職にどう対応するか、企業のあり方も問われるようになっている。高齢化社会が進む日本で、介護は誰もが通る道だ。それをポジティブかつ創造的に変革しようとする秋本さんの行動力に期待したい。

 

【取材・文:定家励子(imago)】

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