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東京大学大学院 情報理工学系研究科特任研究員 久保友香

“盛り”は“粋”に通じる。若い女性たちの美を叶える「シンデレラ・テクノロジー」


若い女性たちが求めるのは、“万人が認める生まれながらの美人”ではない。彼女たちにとって大切なのは、コミュニティの中で共有できる理想像を実現すること。その思いを叶える日本発祥の技術「シンデレラ・テクノロジー」は、海外へも広がっていくのだろうか?

シンデレラ・テクノロジーの第一人者である東京大学大学院 情報理工学系研究科特任研究員の久保友香先生に、若い女性たちの文化の実態とこれからを聞いた。

壁画、絵巻、浮世絵…。脈々と継承される日本のデフォルメ表現

――「シンデレラ・テクノロジー」の定義とは何ですか?

久保:簡単にまとめると「所属するコミュニティの基準に則った理想を叶えるための、ビジュアル変化を助ける技術」を指します。中心になっているのは女子高生で、メイクや写真の加工技術を駆使して、コミュニティ独自の「かわいい」を実現しています。
ここで重要なのは、「所属するコミュニティの基準」であることです。彼女たちの求めているのは、誰もが納得するような理想像、いわゆる黄金比のような、生まれながらに持つ絶対的な美しさではありません
コミュニティの外の人には必ずしもきれいに思えなかったり、見分けがつかなかったりするものが、中の人たちにとってはきれいであり、個性が確立されているものなのです。


――シンデレラ・テクノロジーに着目されたのは、どういうきっかけだったのでしょう。

久保:元々は、女性の美意識というよりも、日本人の美意識に興味があり、とくに“粋”の感覚を数値化して解き明かしたいと思っていたのです。工学は再現性を追い求めるものですから、私は“粋”に再現性を与えて大量生産できるしくみが作れないかと目指していました。しかし、“粋”は複雑でなかなか数値化できず、絵画に表れる日本人の美意識ならば、幾何学的に数値化できるのではないかと考え、歴史的絵画における日本人のデフォルメ表現に着目したのです。
日本の壁画や絵巻、浮世絵などは写実的でなくデフォルメされているのですが、そのデフォルメの特徴を数式化し、それを用いて写真を撮ると浮世絵風を再現できるソフトも開発しました。そして、博士号取得後はとくに日本の美人画に焦点を当てて分析していたのですが、その中で、美人画の顔のデフォルメの特徴は、時代ごとに似通っていることに気付きました。そして、こうした歴史資料から明らかになる日本人の美意識には、現代や未来に通じる普遍性があるのではないかと模索し、目に留まったのが、ある10代の女性向けファッション雑誌です。
まず感じたのは、人間の素の顔は多様であるはずなのに掲載されているどの女性の顔も似通って見えることでした。これは、メイクや写真で人工的に、同じ方向性に加工しているからであって、彼女たちはその加工のことを「盛り」と呼んでいることがわかりました。こうして絵画の中にあった「デフォルメ」とリアルの中で表現される“盛り”(※)がつながりました。それが“盛り”の研究の始まりです。

※メイクや写真画像の加工修正技術で、見た目を変化させること

――それはいつごろのことですか?

久保:2009年ですね。ちょうど目を極端に大きく見せるデカ目加工がピークを迎えていて、若い女性の「盛り」がわかりやすく表現されていた時期です。

均一に見えて個性的、「素材の良さ」は問われない評価基準

――そもそも、なぜ彼女たちは盛るのですか?

久保:それがおもしろいのです。彼女たちに話を聞くと、盛る理由って男性にもてたいからかと聞けば首を振ります。みんな口を揃えて、「自分らしくありたいから」「個性を出したいから」と言うのです。

――「顔に盛る」というところは同じだと思うのですが、それが個性ですか?

久保:はい。彼女たちが言う個性は、属しているコミュニティの基準を押さえた上で作られるものなのです。私も最初は矛盾の多い彼女たちの話に混乱したのですが、コミュニティ内の人間の目線になって見たり聞いたりしてみたら、納得することができました。
例えば、コミュニティ外の人には同じつけまつげのメイクに見えても、実はディスカウントストアのつけまつげを全部試して、切り貼りして、個々にカスタマイズしている。そういう違いがコミュニティの中の人にはわかります。絶対的な個性ではなく、あくまでもコミュニティ内の相対的な個性だったのです。



――コミュニティの中では個性を発揮できているのですね。そのコミュニティの基準や、彼女たちが盛って目指す理想形は、決して万人受けする美人顔ではないとおっしゃいましたが、それはなぜなのでしょうか?

久保:そもそも、彼女たちが評価し合っているのは、顔そのものよりも「盛り」のプロセスだからです。
彼女たちは、「盛った顔を公開し、盛りのプロセスを評価し合って、まねをし合う」ものづくりのコミュニケーションを行っています。例えば、顔加工アプリで一発変換した顔や、病院で美容整形した顔にはプロセスがなく、ものづくりのコミュニケーションが生まれないので彼女たちはあまりしません。一方で、中国や韓国ではそれらはさかんなようなので、プロセス重視は日本独特の匠文化といえるでしょう。

――加工プロセスが重要であるのなら、行き着く先が美人顔でもいい気がしますが。

久保:彼女たちは変化を求めています。その動機は「好奇心」とも言えます。そして、永久的な基準よりも、常に変化する基準に従うことで、コミュニティ内だけの「わかる人だけわかる」状況を作り上げ、コミュニティの外にいる大人を入りづらくするような、社会への「反抗心」もあります。話が逸れますが、浮世絵の構図も、普遍的な基準である透視図法を正確に使わず、ちょっと外しているのです。完璧なものではつまらない「遊び心」の感覚も日本っぽいのかもしれません。

SNSの普及でコミュニティ主義が世界にも広がる

――シンデレラ・テクノロジーは日本独特のものなのですか?

久保:物づくりへの情熱や、個人よりコミュニティ重視なのは独特かもしれませんが、SNSの普及で世界も変わりつつあります。個人主義が主流だった海外の人でも、SNS上で孤立することは少なくなり、コミュニティを形成する傾向がでてきました。海外の若い女性が、日本の若い女性のコミュニティとつながりを持つことも起きていて、元の顔などよりも、「盛り」のものづくりを評価しあう文化がじわじわ広がっています。また、一部では日本のゴスロリやギャルメイク、コスプレをしている人がいますし、そこにもシンデレラ・テクノロジーが存在します。
そもそも、元々の顔の美醜で評価するのって、とても原始的だと思います。道具を使いこなす人が評価されるほうが文化的といえないでしょうか?そういう意味では、日本の若い女性は最先端のところにいるのかもしれません。

――プロセスを公開してコミュニティでつながろうとするのは、自己承認欲求を満たすためなのでしょうか?

久保:そういう部分もありますが、「みんな、私を見て!」という自己承認欲求ではなく、「わかる人だけわかって」という自己承認欲求です。彼女たちのコミュニティでは、仲間にナルシストと思われることを、徹底的に避けています

友人と楽しく共有する時間がたくさんある年代の、刹那的な遊びに粋を見る

――シンデレラ・テクノロジーはこれからどう変化していくのでしょう。

久保:技術革新の影響を受けて、シンデレラ・テクノロジーは変化していくと考えます。かつて、携帯電話のカメラで撮影していた頃は、「顔」や「目」といったパーツを見せ合うコミュニケーションがさかんでしたが、スマートフォンカメラの性能の向上に伴い、最近では、「シーン」や「ライフスタイル」を見せ合うことへと移ってきました。一眼レフカメラのようにぼかした写真が撮れるデュアルカメラ搭載のスマホや、音楽動画コミュニティのTikTokなどが人気なのも、その表れと言えます。
そこで、自らを含むシーンやライフスタイルを撮影しようとすると、自撮りではできないので、最近は、それを撮影できるカメラマンが必要になっているようです。顔や目を見せ合うためには「カメラ目線」でもよかったのですが、シーンやライフスタイルを見せ合うためには「自然体」な自分を撮ることも求めるようになっているので、誰かに撮影してもらいたいというニーズが出てきたのです。そういうニーズに応える技術がこれからはさかんになると思います。
このように、常に変化する「若い女性の流行り」などとお話しすると、技術の息は短く感じられるかもしれませんが、一概にそうとは言いきれません。プリントシールのようにロングセラーになっている物もあります。
彼女たちの間でロングセラーになるためには、使い方が簡単すぎてもダメなのです。工夫の余地がないとつまらない。プリントシールの息が長いのは、物づくりの要素があって、それが常に刷新されているからです。
プリントシールは、今やいろいろな最新技術のプラットフォームになっていて、飽きさせません。操作もかなり複雑で、使いこなすには練習が必要です。とても大人や一見さんは入り込めない内容になっています。だからこそ、楽しい世界なのでしょう。



――そういう楽しく遊ぶ世界から、彼女たちはいつか卒業するのですか?

久保:卒業します。「LJK(※)」と呼ばれる高校3年生はひとつの目安ですが、実際は大学卒業くらいまでは続きます。これらは友人と楽しく共有する時間がたくさんある年代の遊びですから。
しかし、そういう若い女性たちが「盛る」ために行う技術のハッキングや、「いつもお友達とつながっていたいけれど、面倒くさいことはきらい」と言って行うシンプルなコミュニケーションが、実は未来のイノベーションのヒントを持っていると考えています。

※「Last Joshi Kousei」の略。Lastなので高校3年生を意味する。

――先生の研究は、これからどのような方向へ進まれるのでしょうか?

久保:「盛り」を追求する彼女たちは、開発者が予想もしなかったような技術の使い方をすることがあります。そういう若い女性たちと、技術者との協働関係を手伝えたらいいなと思います。また、現代の若い女性たちの「盛り」には、人情や、遊び心など、江戸時代の“粋”に通じる部分があるように思います。いつかは、当初の目的である“粋”の解明に挑みたいです。

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