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今や日常のコミュニケーションに欠かせないSNS。企業が自社のPRや商品/サービスのブランディングにもSNSを活用するのが当たり前の時代だ。株式会社FinT(フィント)は、そんなSNSマーケティング会社で大手企業を中心に200社以上の取り引きがある、SNSマーケティングをリードする会社。21歳でFinTを立ち上げ、2023年には海外進出も視野に入れた展開を考える同社代表取締役・大槻祐依氏にお話を伺った。
大槻氏は、早稲田大学在学中の2017年にFinTを起業した。ほぼ同時にスタートした若年層女性向けSNSメディア“Sucle(シュクレ)”は、今や総合フォロワー数98万人を誇る。FinTを起業した当初は、社名にもあるようにフィンテック事業(金融事業にIT技術を結びつけることで生み出される新しいサービスや事業)を展開していた。しかし、なかなか軌道に乗らず、今度は自分の強みを活かそうと女性向けの“Sucle”に方向転換したのだが、当時から見ても、SNSをめぐる環境の変化は大きいと語る。
「女性向けの“Sucle”は、まずは写真を中心としたWebメディアでやっていこうとしていたのですが、当時はまだ、WebメディアのPVは全然伸びていなくて。でも、Instagram(以下、インスタ)を始めたら、若い子たちはインスタで“Sucle”を知ったと。それで大好きと言ってくれるんです。これは、Googleで検索をしていた時代とずいぶん変わったなと思いました。Googleはみんな知りたいことを入力して、能動的に検索するんですが、インスタは違いますよね。もちろん、画像検索もできますけれど、当時は複数の単語も入れられませんでした。それは検索してもらうためじゃなくて、受け身で流れてくるものに興味をもってもらいバズることが目的。その傾向は、どんどん強くなっていて、TwitterやYouTubeも情報ツールとして使われてはいますが、ユーザーが情報を選ばなくてはいけませんでした。今は、時代が変わり、自分で選択に行かなくてよいTikTokのユーザーが増えてきました。私がFinTを立ち上げてからの6年間でもものすごく変わったと思いますね」
総合フォロワー数98万人を誇るSNSメディア“Sucle(シュクレ)”。検索していたわけではなくても、思わず目を留めてしまうテーマが豊富
この言葉通り、大槻氏が今きてると思うのはTikTokだそう。案件としての取り扱いも増えており、TwitterやTikTokでバズって、Instagramはその受け皿になることが多いという。
「デジタルネイティブ世代、Z世代はGoogleで検索すると言うよりインスタで公式アカウントを見に行ったり、口コミを検索したりしています。これからはTikTokを初めとする縦長動画が当たり前になるでしょう。最近注目しているのはメタバースですが、まだマーケティングで使うところまでは来ていないかなという印象です。ただ、これも絶対にいつかくることは間違いないので、アンテナは張っておきたいと思っています」
メタバースの登場もそうだが、SNSの世界にも多様化が進んでいる。SNSマーケティングを得意とするFinTとしては、その多様なSNSのキャッチアップも重要な仕事だ。近頃は、発信者とそれを見るユーザーも多様化しているのだそうだ。
「たとえば、VTuberやストリーマーと一口に言っても、いろいろな方がいますし、見ている人も同じような人ばかりとは限りません。ある口コミがVTuberによってバズったと思えば、別の口コミはストリーマーの発信でサーバーがダウンしたということがあったり。みなさん最先端のことを発信していても、どのSNSと相性がいいかは、簡単には見極められません。それをキャッチアップしていくのは大変ではありますが、私たちの強みです。従来のホームページとSNSとの大きな違いは、SNSはリアルタイムで動いているのがわかることですね。投稿で毎日発信していることがわかったり、DMで質問できることがホームページとは違う点です」
ホームページひとつあれば良いとされた時代もあった。しかし今後は、多様なメディア、SNSを駆使していかないと、特に企業などはブランドを維持するのが難しくなっていくのだろう。
「一番大事なのは口コミが生まれることなんです。マーケティング施策を考える場合は、プラスだけではなくマイナスも含めて拡散されることを念頭に置かなければいけないでしょう。弊社は化粧品メーカー様とのお取り組みが多いのですが、メーカーがいくらテレビCMを流しても買う時代ではなくなっています。CMで名前は知っているけど、どんな風に使えば良いのかとか、他社の製品とはどう違うのかとか。なりたい顔や他社との比較で化粧品は選ばれていくんです。その認知から購買までの距離を埋めるのがSNSだと思います。家電製品などがわかりやすいと思いますが、大手家電メーカーなどはTikTokで家電の使い方などを発信していて、FinTはそのお手伝いをしています。動画だと使用のシチュエーションが想像しやすいので、もちろん売り上げも伸びるのですが、購買までの距離が短くなるのがSNSのコミュニケーションの大きなメリットですね」
最近話題のChatGPTなど、AIの進歩の速度はすさまじい。SNSの世界もAIが劇的に変えてしまう可能性は確実にある。大槻氏は、今後どのような変化があると予想しているのだろうか。
「AIはこれから活用が進めば、アカウント運用やインフルエンサー選定などもよりやりやすくなっていくと思います。AI活用によって最適な発信方法がわかったり、AIで作られたクリエイティブやキャラクターも、もっともっと増えるでしょう。ときどき、AIのコンテンツやAIがキャラクターだと人間味がなくつまらないのではないか? と言われたりしますが、コンテンツを作っているのがAIか人間であるかは、消費するうえで区別しないと思います。VTubeを観ている人は、中の人の実態を気にしません。受け入れる側も、垣根がなくなっていますし、活用もしやすくなっていくと思います」
大槻氏は、現実で起きていること、目の前の“リアル”を見た上で未来の予測を立てていくと語るが、直近の未来である2023年にはグローバル展開をスタートするという。
「今年はアジアに拠点を作る予定です。日本はものづくりがとても得意なのに、その価値をきちんとアピールするとか、マーケティングをして海外に売る場所を広げていったり、外貨を稼いだりということがあまりできていないと思うんです。ですから、海外に拠点を作ってマーケティングを行い、何が売れるかといったトレンドをキャッチして現地の企業を支援していきつつ、日本の良いものを海外で売りたいと思っています。せっかく良いものを作っているのに海外に出て行くリスクを負う余裕がないというメーカーは少なくありません。FinTはそういう企業と伴走して、どんどん海外に出て行けるような会社になりたいと思っています」
大槻氏が拠点として視野に入れているのは、ベトナムとシンガポールだ。特にベトナムの国民の平均年齢は31歳と若くパワーがある。現地に赴くと韓国など他のアジア企業は進出しているのに、日本企業はまだまだ少ない。SNSも進んでいるのでFinTの強みを活かせると思ったのだそうだ。
「近々、最先端のキャッチアップも兼ねて出張する予定のアメリカでも、これから拠点を作ろうとしているアジア各国でも、Z世代はデジタルネイティブ世代なんです。この世代には共通した価値観があって、たとえばSDGsに共感するとか、仕事にはお金ではなくてやりがいを求めるとか。Z世代はジョブホッパーが多かったり、個人で稼ぐのが好きというようなイメージを皆さん持っていると思いますが、そうじゃないんですね。各国それぞれ特色はありつつ、価値観は共有しています。だから私たちが日本の外、アジアに出て行く意味はあるなと思っていて、各国のZ世代と一緒に何かを作り上げていくようなことをしたいと思っています」
先に述べたように大槻氏が起業したのは大学在学中だ。単位をとるのが楽だと言われた“起業家養成講座”を受講したのがきっかけだという。ビジネスプランを競うコンテストで優勝し、“シリコンバレー研修”のチケットを手に入れた。
「シリコンバレーで、まさに起業しようとしているような“社長”に何人もお会いしたんです。それまで“社長”とは雲の上の存在、歴史上の人物ぐらいのイメージだったのが、途端に身近な存在になりました。一見普通に見える人でも、会社を立ち上げることができる。そこから世界を変えることができるんです。私は自分が生きてきた意味を作りたいとずっと思っていたので、ビジネスを立ち上げる、起業することでそれが実現するのではないかと考えて起業しました」
とはいえ、先述の通り、最初に手がけたフィンテック事業は思うような成果が得られず、“自分の好きなこと”を仕事にしようと“Sucle”を立ち上げ成功した。
「シンガポールに留学したときに、金融教育がしっかりしていて、未来に投資する意識が高いなと思いました。一方日本は、節約が美徳のようなところがあって、投資が身近になればもっと国力を上げられると考え、フィンテック事業に取り組んだんです。ただ、それだけでは壁にぶち当たったときに乗り越える力にはならなかった。熱狂するほど金融にのめり込めなかったのが、上手くいかなかった一番の理由だと思います」
そんな試練も乗り越え、今は海外も視野に入れ忙しい日々を過ごしているが、起業をして良かったと思うのは“ワクワクするチャレンジをどんどんできること”だと言う。
「今年アジアに拠点を作ることもそうなんですが、将来的に私がやりたいのは日本を前向きにすることなんです。日本の良いもの、化粧品だけじゃなくて日本酒やお酢とかの発酵食品などを海外に出していくことによって外貨を稼いだり、みんなが自信が持てるようにしたい。自分で起業したことによって、そういうことを目指せるのがありがたいですね。目標達成に向かって一歩ずつ上がっていく実感にワクワクします」
現在社員は50名。18歳のインターンから、40代半ばまで勤務する人の年齢層は幅広い。目標達成には人を増やすことも考えなければいけない。多様性という意味ではいろいろな人が集まってくるのはメリットだが、人が多くなれば思いがひとつになりにくい。そこで、ひとりひとりが会社のカルチャーを共有するため、FinTには“17の行動指針”がある。そのひとつ“先まわり挨拶(どんな相手にも、まず自分から積極的に挨拶しよう)”は、筆者もFinTに伺ってすぐに挨拶を受け、清々しい気持ちにさせられた。
「みんなでひとつの会社に集まっているのであれば、行動の指針や目指す方向を同じにした方が、意志決定は楽になるし会社の色が出ると思うんです。誰にでも挨拶した方が、お互いに気持ちいいですよね? 今の規模、社員が5、60人だったら挨拶しやすいですが、人が多くなれば知らない人も増えます。そうなっても挨拶できる会社のカルチャーを作りたくて、それは10年後じゃなくて今からやっておかないと。10年後にいきなり挨拶しましょうって言ってもできないんですよ。今、私たちは日本を前向きにする、日本を代表するような会社のカルチャーを作るタイミングで、まずやるべきなのは挨拶や、素直で謙虚であること、相手目線に立つことだと思って行動指針を作りました」
随時ブラッシュアップしているという行動指針の中で筆者が面白いと思ったのが“ナイストライ”だ。チャレンジしてたとえ失敗しても“ナイストライ”と賞賛しようというもの。
「チャレンジしたら成功しなければいけないと思う人は多いです。しかし、チャレンジに失敗はつきものだと思っています。“ナイストライ”と言って失敗も許容できる文化を作っていきたいですね。それには自分が熱狂できるものを見つけて行くことも大事です。ポイントは、最後までめちゃくちゃやりきること。さっきはZ世代云々と言ってきましたが、世代に関係なくお互いに理解し合い、歩み寄りながら日本を良くしていけると良いなと思います」
(まとめ)
Z世代というと、年齢が上の世代は“イマドキの若い者は……”と眉を顰め、まっただ中の若い世代は“どうせ大人は自分たちのことなんて理解しようとしない”と距離を置きたがる。しかし、そこから一歩踏み込んで、お互いに相手に教えてもらうつもりで話をすれば、得るものは大きいはずだ。かく言う筆者もこの日、“日本を前向きにしたい”と目を輝かせて語る大槻氏に刺激を受けた一人であることをここに記しておきたい。
【取材・文:定家励子(株式会社imago)】
【写真:吉永和久】