マイナビ

トレンドnavitrend navi

コミュニケーションはファッションと同じ。言葉や声、表情のコーディネートで自分を魅力的に見せる

一般社団法人JCMA代表理事 コミュニケーション講師 吉井奈々

日々私たちは周囲の人たちとさまざまな形でコミュニケーションを取っているが、言いたいことが上手く伝わらず、意図しない結果になり困った経験はないだろうか。仕事の場面でも友人などの親しい間柄でも、人間関係の土台を作るのはコミュニケーションだ。10代から夜の飲食業、ショービジネスの経営にも携わった経験から、現在はコミュニケーション講師として活躍する一般社団法人JCMA代表理事の吉井奈々氏に、その極意について伺った。

大事なのはスキルではなく、相手と繋がりたいという気持ち

誰でも、自分の想いをきちんとそのまま相手に伝えたい。たとえば上司・部下、友人、恋人、夫婦・親子。私たちの周りにはさまざまな人間関係がある。そして、企画のプレゼン、新規の営業など、関係によってさまざまなシチュエーションがあるが、言いたいことがなかなか伝わらない。もしかしたら、自分はコミュニケーションが下手なのではないかと思う人は少なくないのではないか。それは、ビジネス書にコミュニケーション術をテーマにするものが多いことが証明している。

「そういったコミュニケーションスキルを解説する本では、こういう時にはこういう話をしましょう、こんな時にはこんな表情でとか、いろいろ紹介されていますよね。でも、そういったスキルだけでは人間関係、コミュニケーションは上手くいかないことが多いんです。なぜかというと、人って技術で対応されると分かっちゃうからなんですよ。

吉井氏は、自分の生来の性に疑問を持ち、10代で新宿2丁目にデビュー。飲食業やショービジネスに携わったと聞けば、コミュニケーション能力はもともと高かったのではないかと思うが、実はそうではなかったと語る。

「お客様に喜んでいただくことができず、気の利いたトークもできず、悔しくてスキルアップ系の本もいろいろ読みました。でも、大事なのはそういったスキルではなく、相手と繋がろうとする気持ちだったんです。相手を思うことなしに、スキルを武器に使おうとすると、自分のコミュニケーションを上手く見せたい、馬鹿にされたくないという気持ちが相手にも見えてしまう。スキルだけでは、本当に素敵なコミュニケーションにはならないんだということに気づきました

吉井氏は、子どもの会話を例に挙げる。彼らはコミュニケーションのスキルなど学んでいないし、そもそも学ぼうともしていない。しかし、純粋な気持ちで周囲と繋がることができている。

「子どもたちは、一緒に遊びたいと思えば素直に“遊ぼう”と言うし、砂遊びをしている子がいれば“何を作っているんだろう?お山かな?川かな?”と尋ねます。繋がりたいという気持ちがあれば、相手も自分に興味を持ってくれる。でも、“僕は砂ですごいものが作れるんだ”“こんなのを作ったんだよ、見て!”と、相手のことを考えず一方的に自分に興味を持ってほしいという態度をとると、“あの子といるのは、なんか楽しくないね”と思われてしまい、繋がりはできません」

つまり吉井氏が強調するのは、スキルよりマインド。自分に興味を持ってもらうことを前提にコミュニケーションを取るのではなく、まずは相手。そして相手が大切にしているものに関心を持つことがポイントとなる。自分が傷つきたくないばかりに、スキルという武器で身を守ろうとするコミュニケーションの取り方は、失敗しやすいのだという。

歌と同じように、コミュニケーションにも練習は必要

とはいえ、どうしても自分を良く見せたくなるのが人間。欠点があれば隠し、格好付けたいもの。素のままで相手と向き合うのはハードルが高いような気がする。自信がなければ、コミュニケーションスキルという鎧を着けたいのも当然ではないだろうか。

「たとえば、自分は目が小さいし可愛くないから、世の中の男性から求められない、自分に自信がないって言う方がいますよね? でも、その“自信”という言葉、間違って使っていませんか?自分は可愛くないからモテないと信じている。そういう思いに囚われていると、誰かに“可愛い”と言われても“え? もしかして私のお金が目当て? だって私、モテるはずないんだから”なんて考えてしまう。自分の劣等感、マイナスの部分を材料に“自分いじめ”をしているんですよ。これでは、コミュニケーションはどんどん難しくなっていきます。自分を一番馬鹿にしているのは自分自身なんですから。まず自分が信じている自分、馬鹿にしている部分を疑う。自分に対する決めつけを外すこと。コミュニケーションはそこから始まります

コミュニケーションが苦手だと言って吉井氏のカウンセリングを受けに来る人は、悩みの内容をきちんと話せているのだという。それを指摘すると“奈々さんに会えるから嬉しくて、ワクワクしているから話せるんです!”と言うそうだ。

「大好きな人と話せるんだったら、それは話せないことにはなりませんよね。面接だとか、高圧的な人の前では緊張して話せなくなることにフォーカスして、うまくできない自分を許せなくなっている。振り返ってみると、自分は話すのが苦手だって思っている人の9割は勘違いです。自分が繋がりたいと思っている人とは上手にコミュニケーションできるんですから

自分は話すことが苦手だと思い込んでいる人のもうひとつの思い込み。それが、上手なコミュニケーションを遠ざけている一因だと、吉井氏は語る。

「みなさんは日本語を使うことができる。嬉しいという言葉、ありがとうという言葉を知っているんだから、普通に話すことはできると思い込んでいます。でも、それってドレミファソラシドを知っているから歌えると思ってしまうのと同じなんですよ。メロディ、歌詞を知っていればカラオケで歌えますか? 上手に歌うには練習しますよね? 一度も練習せずに“あなたにこの曲を捧げます!”と言っても、想いは伝わりません。コミュニケーションもまったく同じ。歌や楽器やスポーツ、絵を描く、文字を書く。みんな練習するのに、コミュニケーションだけは練習せずに下手だ下手だと言っているんですね」

自分にしっくりくる言葉、表情、声を選ぶ

吉井氏の著書『いつもの言葉があか抜ける オトナ女子のすてきな語彙力帳』(ダイヤモンド社)には、挨拶、感謝、お願い、お詫びなど、さまざまなシチュエーションで使う言葉が、残念バージョン、素敵バージョンと複数の例を挙げて紹介されている。

たとえば、人を出迎えたり、もてなしたりというシチュエーションでは、

 

【残念】こんにちは。

【すてき】ようこそおいでくださいました。

遠方からの来訪者に、

【すてき】ようこそ、お運びくださいました。

お茶菓子(手土産)を出すときに、

【すてき】ほんのお口汚しですが。

【すてき】心ばかりですが。

 

たった一言でも、相手に与える印象は全く違うのがわかる。

「この“心ばかりですが”という表現、過去数ヶ月で何回使いましたか? 1回も使ったことがないという人も多いと思います。だとしたら、1回本を読んで口に出してみても、すぐには相手に気持ちが伝わるような言い方はできないのではないでしょうか? 今度誰かに、このフレーズを使いたいと思ったら、目の前にいる相手の顔を想像しながら、お土産は両手か片手か、どちらの手に持つか、どういう表情で、声は大きいか小さいか、どんなトーンがいいのか。何回か練習してみると、自分にしっくりくる言い方、振る舞い方が見えてくると思います。コミュニケーションが素敵にできるかどうかは、その人の人間性や性格によるのではありません。コミュニケーションは筋肉なので、練習して鍛えることが大事なんです

上手にコミュニケーションができるようになりたい一心で吉井氏の講座に通う人々の中でも、きちんと練習を続ける人とそうではない人では、結果は全く違ってくるのだそう。

「本を買って、お金を払っただけでは成長できません。ダイエットしたくてYouTubeのトレーニング動画を見ても、見ているだけでは痩せられないように、自分で実践することが大事。講師は魔法使いではありませんから。そして、自分にしっくりくる表現を見つけることも大切です。自分らしいコミュニケーションとは、ファッションのコーディネートに似ていますね。普段はスニーカーだけど、パーティのような改まった席では自分のスタイルを良く見せられるヒールの靴を履きたいと思えば、履いて歩く練習をする。いろいろな言葉を試着してみる。さまざまな声色というバッグのコーディネート、表情と声の大きさというアクセサリーのコーディネート。自分に似合う、コミュニケーションのコーディネートができたら、ファッションが素敵だなと思われるのと同様に、人間としても魅力的だなって思われるようになるはずです。言葉は1円もかからないんですから、いろいろ気軽に試してみれば良いんです

あなたは何のために、どんなコミュニケーションを身に着けたいのか?

コミュニケーションを“ファッション”にたとえた吉井氏の説明は、とてもわかりやすい。ファッションもコミュニケーションも自分にしっくりくる、自分に似合うものを見つけることが大事になってくるだろう。

「どこに理想を設定するかを間違えるとつらいんですね。たとえば、“自分はあの人気アイドルのようになりたい”と頑張っても、それは大部分の人にとってはつらいこと。誰にでも自分に見合った姿というものがあるはずですから。仏教に手で測る“手ばかり法”という考え方があります。手のひらに載るぐらいの食事の量がちょうど良い量だという教えです。コミュニケーションも同様で、手に載るぐらいのほどほどの量、ぼちぼちの幸せを知ることが大事。それがずれてしまうと悩みが生まれます。自分は何のためにどんなコミュニケーションを身に着けたいのか。自分のサイズに合った言葉にどう向き合うのか、ということが学びを成熟させていくのです

前向きに頑張ろうと思えるなら、目標・理想は高い方が良いと考えがちだが、時にそれがつらくなって諦め、投げ出してしまうこともある。

コミュニケーションという目に見えない存在と向き合っているから上手く行かないと思うだけで、ファッションと考えれば、毎日のこと。何十年も日々どの服を着るか、どんな靴を履くかって考えているじゃないですか。誰かが素敵な洋服を着ているのを見て、“私もあれが好き”って思ったら真似してみることもありますよね? それと同じで、誰かが素敵な言葉を使ったら“私もあんな言葉をさらりと使ってみたい!”って試してみたらいいんです。しっくりこなかったら自分には合わないのかもしれません。コミュニケーションは筋肉だとさっき言いましたけど、声に出して自分の肉体を使ってみないと、自分に見合った形はなかなか見つからないものです

コミュニケーションもファッションのように考えれば良いという吉井氏のアドバイスは、他人と上手に会話を楽しめないと悩む人に、大きな励ましとなる言葉だ。一方で、自分らしい言葉を見つけ、コミュニケーションができるようになっても、どうしても相手と意見がぶつかる、なかなかわかってもらえないという時がある。長年飲食業などで不特定多数の人に出会う経験があった吉井氏に、そんな時はどうしたらいいかについて最後に伺った。

「長い間に培ってきた自分の価値観を変えられない人っていますよね。自分が変えたいと思わない限り変えられないのが価値観なので、イソップ寓話の“北風と太陽”のように楽しませてあげれば頑なな心も動きます。日本の民話の“こぶとりじいさん”も、鬼の前で楽しく踊ったら、こぶを取ってもらえました。正義正論で立ち向かうのではなく、コミュニケーションを楽しむつもりでいれば、周囲の頑なな人の心もきっと解けていきますよ

 

(まとめ)

吉井氏は、コミュニケーションは“総合芸術”なのだと語った。選ぶ言葉、表情、声。さまざまな要素が組み合わされて、その人の魅力を作り出す。普段何気なく交わしている会話、コミュニケーションに“練習”が必要なのだとは、思いも寄らなかった人がいるのではないだろうか。よりよい人間関係を形成し、より良い日々を過ごすために、コミュニケーションの練習を始めてみたいと思った。

 

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事
新着記事

トレンドnaviトップへ