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どんな農産物も差別なく受け入れ、 消費して支えることで持続可能な農業に

一般社団法人野菜がつくる未来のカタチ 代表理事 鳥海孝範

今年も台風の季節がやってくる。ここ数年、深刻な水害が日本各地をたびたび襲う。人命はもちろんのこと、家などの土地・建物を失うことは避けなければいけないが、農作物の被災も農家にとっては大きなダメージになる。2019年9月の台風15号で甚大な被害を受けた千葉の農家を助けるために立ち上がったのが“チバベジ”だ。現在は「一般社団法人野菜がつくる未来のカタチ」という名称で法人化して、千葉県佐倉市を拠点に農家支援に取り組み続けている。代表の鳥海孝範さんにお話を伺った。

きっかけは台風で木から落下した、梨800kgを引き取ったこと

2019年9月8~9日、首都圏を襲った台風15号は記録的な暴風雨となり、千葉では、観測史上1位となる最大瞬間風速57.5m/sを記録。大規模な停電・断水も発生し、各地で倒木や建物損壊、ゴルフ練習場のポールが倒壊して民家を直撃したというニュースを覚えている方も多いと思う。千葉県佐倉市でデザイナー業の傍ら、事務所の開いているスペースを利用してゲストハウスを営んでいた鳥海さんも、被害の報道に触れて心を痛めていたひとりだった。

※2019年の台風で折れ曲がってしまったビニールハウス

 

「ものすごく大きな台風だという予報で、ゲストハウスはお客様もいなくて暇だったんです。何か自分でもできることはないだろうかと思い、SNSで呟いてみました。すると、“実はうちで作っている梨が……”と知り合いのそのまた知り合いの農家さんから連絡があったんです」

その梨農家では、まだ熟していない梨が強風に煽られ木から落ちてしまったという。その総量1トン以上。そんな状態では、もちろん市場に出荷するわけにはいかず、廃棄するしかなかった。連絡を受けた鳥海さんは、何とかしようと友人とともに車で農家に向かう。1トンと言われても、いったいどのぐらいの量なのか、素人には想像もつかない。

「みなさんがよく目にする段ボール箱1つに15~20kgぐらい入るので、30~40箱ぐらいだったでしょうか。置くのにどのぐらいのスペースが必要なのか、それを手に入れたとして果たして自分にさばくことができるのかもわかりませんでしたが、何とかなるだろうと。ゲストハウスに人を集めてイベントをした経験もあるし、みんなで困っている人を助けようという気運も高まっていたので、何とかできるだろうと思ったんです」

そして、実際に“何とかなった”のだった。最初に買い取ったのは500kgだったがゲストハウスに販売所を開設して販売を始めると3~4日で売り切れ、追加した300kgもすぐに売れていった。未完熟のため、農家さんからは甘味が十分ではないので、できれば加工して食べてほしいと言われたらしいが、買った人からは「十分に生食で美味しくいただけました。これが流通できないと聞いてびっくりです」という声が上がり、リピートで買い求める人も多かったそうだ。

SNSで発信し、地元でのつながりがあったということもありますが、やはりみんなで何かをしたい、困っている人を助けたいという気持ちが大きくなっていたことが功を奏したと思っています」

規格外とされ廃棄される農産物は、全体のおよそ3割という現実

この一件が契機になり、鳥海さんは廃棄になってしまう野菜を買い取り販売する活動を始める。

「それまでも、農家さんとは主催するイベントに出店してもらったりして交流はありました。でも、僕は農業のことは全く理解していなかったんですね。しかし、廃棄されようとする野菜を通じて農家さんと繫がりいろいろな話を伺っていくと、わかったことがありました。“規格外”と言われて廃棄される、いわゆるフードロスが農場にもあって、それが結構な量になるというんです。災害時のみならず、日常的に廃棄される作物があるということを知って驚いたとともに、単純にもったいないと思いました

そもそも市場には定められた「規格」というものがあり、品質によってA、B、Cといったランクがつけられる。基準を満たしていないものは「規格外」とされ出荷が認められていない。商品にならなければ農家は自分で消費するか廃棄するしかなく、その量は全生産量の3割に上るとも言われている。

そもそも“規格外”の野菜というのはないはずなんです。色や形が悪いといって規格の外にはじくのは、流通や消費者、飲食店の都合でしかありません。たとえばすごく曲がっているキュウリや、先の方が二股になった大根が、規格外だからといって畑に捨てられてしまったりするのはとてももったいない。普通に食べられるものが、そのように廃棄される一方で、日本では貧困率があがってきていて、食べるものに困っている子供や、貧困を苦に自殺する人が増えているのには矛盾を感じざるを得ません

2020年頃に始まったコロナ禍では、給食がストップしたり飲食店が休業に追い込まれたりして、「規格内」の野菜でさえ行き場を失った。期せずして、被災した野菜を救うために始まった鳥海さんたちによる“チバベジ”の取り組みは、規格外として売れなくなった野菜、規格をクリアしてはいても、消費者に届くことが叶わない野菜へと対象を広げていった。

「最初は未完熟の梨でしたが、規格外とかワケありの野菜も取り扱うようになり、今は何でも差別なく手がけるようになりました。消費者もそうですが、農家さんも自分が作ったものを結局分けてしまう、差別してしまうんですね。A品、B品以外は商品として成り立たない、C品なんか出荷できるか!というプライドを持つ農家さんもいます。出荷できない野菜を引き取る際に、農家さんに値段をつけてもらおうと思ったら、“こんなものに金額はつけられない”と拒否されたことがありました。仕方ないので僕の方で適正だと思う値段をつけ、売れた分だけの金額をお渡したらとても驚かれて。“規格外”や“ワケあり”イコール“安い”、“ただで手に入れられる”という認識は、想像していた以上に根深いんだなと思いました

やがてくる食糧不足にどう対応するか

今、時代の鍵はSDGsである。「持続可能」であることを抜きにしては全てが語れなくなっている。

「最初は規格にのらない野菜を売ることに抵抗を感じていたような農家さんも、ここ数年の気象の変化には戸惑っていますね。ベテランの方でさえ“こんな天候は初めてだ、まったく読めない”と。今までのような形で、自分の思い通りに野菜を作れないとしたら、元々手を掛けて、愛情を込めて作っているものなのですから、A品、B品なんてランクをつけずに、すべてを価値あるものとしてきちんと流通できるようにすればいいんです。持続可能な農業とはそういうことじゃないでしょうか

現在、なかなか終わりが見えない状況に陥っているウクライナ危機では、ウクライナが世界有数の穀物輸出国であることから、世界中に大きな影響が出始めている。そうでなくても、食糧不足が近い将来起こるだろうと警鐘を鳴らす動きはだいぶ前からあった。SDGsを持ち出すまでもなく、持続可能な農業について考えるのは遅すぎるぐらいだろう。

世界的な食料不足は起きると思います。日本はただでさえ食料自給率が低いですから、その時になって慌てないように、今のうちから農家さんを支える。購入することで、食べることで支えるということをやっていかないといけないでしょう。今、近所のスーパーに行けば全国の野菜が手に入るという状況をみなさん普通だと思っていますよね? これもウクライナ危機の影響ですが、ガソリンなどの運送コストも上がってくると、今までと同じようにはいかなくなります。ですから、これからは地産地消、ローカルでできた旬の野菜を、ローカルの人たちがきちんと消費していくという流れになっていくのではないでしょうか」

近年物流における大きな課題として取り上げられるキーワードに“ラストワンマイル”という言葉がある。ユーザーに物やサービスが届く最後の1マイル。ネット通販などで、物を出荷するにあたって、倉庫での在庫管理や出荷はどんどんデジタル化、機械(ロボット)化が進んでいても、最後お客の手元に届けるのは人の手に頼るしかなく人件費の増加に繋がっているというのだ。

「僕らは月曜日と木曜日、自分たちで農家さんを回って野菜を仕入れてきます。実はそれが一番重要だったりするんですね。自分で足を使って動ける人がチームを組んで回って売る物を集める。僕たちはいわば静脈みたいなもので、ここ、佐倉の場合は京成電鉄さんが大動脈と言えますが、そのような大きな流通に載せることで健全な流通のサイクルを作れるといいなと思っています。僕らのような静脈のチームが全国のいろいろなところにできると、どこかで災害が起き、農作物に被害が出てしまったと聞けば、みんなでサポートすることが可能になる。そういう体勢を作っていきたいですね」

ひとりひとりができる形でかかわっていくことで農業を支える

現在、チバベジの活動を担っているのは「一般社団法人野菜がつくる未来のカタチ」という団体で、スタッフは4人。デザイナーの仕事にゲストハウス、飲食店の経営をしている代表の鳥海さん同様、みなさん他の仕事との兼業で活動を行っている。

「他に仕事を持っているというのは、僕たちの強みでもあるのではないかと思っています。実は、兼業というわけではないのですが、今度現役の消防士が僕らの活動を手伝ってくれることになったんです。彼らは、営利でなければ副業を認められていて、フードロスの解決や農家の非常時のために働きたいと言ってくれて実現することになりました」

消防士は勤務体系が特殊で、基本24時間勤務だが2日働いて3日休むというサイクルになっているのだそう。幸いなことに現在、オール電化の影響か、火災防止のテクノロジーの発達のおかげか、火事は減っているらしい。結果、3日間ある待機状態の休日は時間に余裕があるということで、チバベジに声がかかった。そうやって、様々な人たちが規格外であったり、被災して売れなくなったりした農産物を介して繋がり始めているようだ。

「農産物を農家さんから仕入れて卸す、僕たちの仕事も重要だとは思うのですが、農業従事者が減っているのも気になるところではあります。ここ佐倉は以前から市が補助金を出したりして新規就農者の受け入れは積極的にやってきています。コロナ禍の影響もあってか、農業をやってみたいという人も増えているようですが、畑を借りられないという問題もある。休耕している畑はあっても地主さんなどとの絡みで使える畑がないそうなんです。そういった就農したい人と畑とのマッチングは行政の出番かなと思います

鳥海さんの経営するゲストハウスには、いわゆるアドレスホッパーといって、定住する場所や定職を持たずに、移動しながら自由に仕事をしている人が訪れるケースが増えているという。中には季節労働者のように農家の手伝いをする人もいるのだそうだ。

「海外では、忙しい時期だけ農業に従事する人というのは結構いるようです。フリーランスでいろんな場所で農業をしたり、消防士が空いた時間を使って農産物の販売をしたり、もっと農業を自由に考えて、みんなができる形で農業に携わる、国民全体が農家みたいになれば、食料不足の問題も解決できるのではないでしょうか」

 

(まとめ)

今回、お話を伺ったのは、鳥海さんが経営する京成電鉄佐倉駅直結のビルにある“PUKU”というチョップドサラダの店。佐倉は京成線を使う場合、上野から約1時間。近くはないが遠くもない。佐倉に近づくにつれ車窓からは青々とした畑の風景が見え、環境の良さが窺えた。農業を志す人々が増えているというこの地がハブとなって全国の人々が繋がり、さまざまな変化が起きることを期待したい。

 

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

【写真:明星暁子】

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