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コロナ禍で、旅の意義はより一層重要に。地域の魅力を掘り起こし、 旅を楽しくするために求められる人材とは?

星野リゾート 人事グループ キャリアデザインサポートユニット ユニットディレクター 鈴木麻里江 × 株式会社マイナビ 就職情報事業本部 マイナビ編集長 高橋誠人

コロナ禍でどの業界も多かれ少なかれ打撃を被っている。感染防止には人流の抑制が必至と言われ、その影響をもろに受けているのが観光業界だ。そんな中でも、例年に変わらず人材採用を行い、新規の施設オープンを続けている星野リゾートの強さとはいったいどこにあるのか。マイナビ編集長の高橋誠人が、星野リゾートの人事グループ・キャリアデザインサポートユニットでディレクターを務める鈴木麻里江氏に伺った。

観光業の未来を共に作っていけるような人材を求めて

高橋:私は人材採用を通して様々な業界と関わる仕事をしているので、「このコロナ禍で企業はどんな状況ですか?」とよく聞かれるのですが、業界を問わず実績を上げている企業というのは、みんな前を向いているという印象があります。星野リゾートも例外ではないわけですが、新卒の採用を継続して、新規開業も行い、果敢に攻めているという感じがします。採用に関するビジョンというのは、どのようなものなのでしょうか?

鈴木:確かにコロナ禍で観光業に大打撃があったのは事実で、弊社代表の星野は2020年5月から施設の予約状況や財務の状況を元に、「倒産確率」というものを発表しましたが、雇用助成金などを最大限に活用するなど、社員一丸となって、その確率をいかに下げるかということに取り組んで来ました。この打撃を通じて私たちは、人の旅をしたいという欲求はこんなに強いのかと、逆に感じることになったんです。

高橋:そうですよね。みんなコロナが収まったら旅をしたい!と強く思っている方が多いと思います。旅行したいというのは、ある意味人間の本能に近いような気もします。一ヵ所に留まるのは精神的な安定につながるかもしれませんが、初めてのところを訪れて5感を刺激され、新しい経験・知識を得ることによってリフレッシュしたいという気持ちはなくならないと私も思います。

 

鈴木:はい、「観光立国」という言葉を使った松下幸之助は、旅をして自分ではない他者、他の文化を知りたいという欲求は、人類にとって自由であり平和の象徴だと言っていました。まったくその通りで、この1年半は苦しい状況ではあったものの、その中で旅の意義、星野リゾートという会社を続けて行く意義を社員としても確認してきました。観光産業の可能性は、特に日本においてはまだまだ高いものがあり、自分の働く場所として志している学生、観光を勉強してきましたという人は非常に多いんですね。そんな方たちと一緒に未来を作っていきたいという思いもあって採用を進めています。

高橋:なるほど、そういうことだったんですね。コロナ以降、これほど社会の変化スピードが速かったことはないのではないかという状況ではあるんですが、星野リゾートはそれ以前から多様性、さまざまな価値観、特長を生かして経営や事業に結びつけていらっしゃるなと、私自身感じていました。コロナ禍において、それをマイナスではなくプラスにとらえているイメージなんですが、採用についても前向きというかフレキシブルで、以前から新卒でも通年で採用されているんですよね? それも珍しいことだと思うんですが、どんな意図があるんでしょうか。

鈴木:理由はふたつ、学生さんにとってのメリットと弊社にとってのメリットがあると思っています。星野リゾートの場合、入社を希望される方の中には海外に留学をしていたり、他国籍の方もいらっしゃったりするので、そういう方たちの選択肢を多くしたいということ。そして、いったん就職するとなかなか自由に時間を作れないことがありますから、学生の間にやり残したことがあれば、それをやりきってから入社してほしいというメッセージもあり、通年での採用をすすめています。コロナ禍では難しいこともありますが、日本中、世界中を旅して濃厚な経験を積んだ上で入社されれば、その経験をキャリアに生かすことができます。社員には自分で主体的にキャリアを作ってほしいと願っている星野リゾートとしては、入社前にも良い時間を過ごして欲しいという思いがそこにはあります。

提供する価値と組織のあり方に一貫性があってこそ、多様な魅力が生まれる

高橋:星野リゾートは、このコロナ禍でご近所旅行、自宅から1、2時間のところで楽しむマイクロツーリズム需要にも応えています。私はそれを知って、ああそうか、旅は近くてもいいんだと気づかされたんですが、御社はそういう新しい価値観の提供もされていて、それが採用や人材育成にもつながっているのかなと感じました。そのあたりはいかがでしょうか?

鈴木:星野リゾートは旅を楽しくする会社でありたいと思っています。では、お客様は旅に何を求めていらっしゃるのかというと、訪れた地域の魅力を感じたいということなんだと考えています。旅をする際に、それをお手伝いする私たちならではの個性や強みがあればこそ、地域の文化が醸成されますし、面白いと感じていただける。つまり、私たちが会社として提供している価値と組織としての必要なあり方に、一貫性がないと多様な魅力は作っていけないでしょう。ですので、人材の採用・育成に関しても、一貫したメッセージが伝えられるようにと思っています。

高橋:つまり、一貫したメッセージを伝えられることというのは採用においてもチェックポイントとして入っているのでしょうか? 地域の魅力を伝えるためには、新卒とキャリア、どちらに力を入れているということはありますか?

鈴木:新卒の方は、組織文化に柔軟に適応できるという意味では価値はあるのかもしれませんが、実はどうしても新卒でなければというようには考えていません。むしろ重要なのはマッチングですね。採用というと、企業が学生を選ぶという考え方もあるんですが、星野リゾートが求めていることや仕事をする上で必要なスキルが、自分の持っているもの、求めているものと合っているかどうか、それを確かめていただきたい。そのための選考のプロセスとして「100の質問」というものがあります。星野リゾートで働く人たちに共通の考え方や物事に対する価値観のような事柄に関して100の質問をして、Yes、Noで答えていただくんです。

高橋:つまり、企業からの一方的な採用ではなく、学生の側からも自分が星野リゾートに合うかどうかマッチングのプロセスを重視しているということですね? でも、100個となると、作る方も答える方も大変ですね(笑)。

鈴木:少しユーモアのある質問も交えているので、意外に楽しく答えていただいているようです。また、驚きだったのは自己理解を深めるきっかけになったという感想があったことです。質問に答えることによって自分はこんなことを大事にしているんだと気づく機会になったと。

高橋:質問が逆に自己理解を深め、自分はどんなものを求めているのかを再認識したということなんですね。それは大変興味深いです。私は、星野リゾートのWebセミナーを見て、自分の仕事についていきいきと話す方が多いなという印象を持っていました。いきなり三味線を弾かれる方がいたりして、すぐに引き込まれてしまったんです。そこで人材育成面ではどうされているのかなと見てみると、ポストに「立候補制」というものがあるんですね。欧米では空いたポストに立候補していくというプロセスはありますが、日本ではあまり聞きません。御社ではなぜ立候補制をとっているのでしょうか?

※「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトとしたOMO(おも)ブランド。この対談は、山手線と都電が交差するノスタルジックな街並み「大塚」にあるOMO5東京大塚で行われた。特徴のひとつが、客室空間となるこの「やぐらルーム」。やぐら寝台と名付けられたヒノキ材の高床式のベッドを中心に、秘密基地のようなワクワク感を演出。ゲストが思い思いに滞在を楽しむことができるようになっている

 

鈴木:実は立候補制度は星野リゾートにとって重要な人事制度のひとつです。代表の星野が、あるとき休憩室などで社員が愚痴をこぼしているのを耳にしたことがきっかけです。「あの総支配人はこうだ」とか「もっとこうすればよくなるのに」など、そこで繰り広げられている愚痴は、悪いことばかりじゃない。なかなか目の付けどころが良いものもあると。でも、そういう良いアイデアを持っている社員がすぐに管理職、マネジメント業務につけるかというと、そうではない。だったら立候補制にすれば誰でも手を挙げることができるし、機会が均等になるからいいのではないかと考えたんです。そこで始まった立候補制なのですが、その際には必ずプレゼンをする決まりで、現在はオンタイムで全国に中継され、録画したものはアーカイブになり誰でも見られるようになっています。

高橋:なるほど。休憩室や喫煙所ではみんな愚痴を言うとは、よく言われます。そのアイデアを自分でやったらどうかということですね? しかも、プレゼンをみんなが目にするということは、マネジメント業務に就くプロセスが透明化されるわけで、立候補者もそれなりの決意とプランがないといけない。立候補と聞くと、最初自由なイメージを持ちましたが、逆に役職や立場に対する責任の度合いが高まりますね。

鈴木:はい、社員同士がフラットな関係性で建設的な議論ができるということは星野リゾートにとって大事な文化ですし、それを担保する意味でも立候補制は重要な仕組みです。日本人は、あまり自分から率先して手を挙げないと思われがちで、確かに弊社でも積極的に立候補する人ばかりではありませんが、総支配人やチームメンバーの後押しや声がけで決心するケースもあります。現に今日対談の場となったOMO5東京大塚の総支配人の渡邉から私は立候補前に相談を受けました。「悩んでいるなら、まずはやってみれば?」と答えましたが(笑)。

誰もやらない、簡単に結果が出せないところに競争力が示される

高橋:ずっとお話を伺っていて思うのは、星野リゾートの強さというのは、しっかりした事業計画・戦略があるからというのはもちろんなんですが、社員に対するフラットな姿勢があって、それに立候補制のような人事制度や中長期的なビジョンを積み上げていくからこそ実現しているのではないかということです。企業としてだけではなく、そこで働く人の魅力としても、その力強さが伝わってきました。

鈴木:そうですね、力強さとは言い換えれば逆境を好むというところかもしれません。弊社はリゾート運営会社として今では国内外に50の施設を運営させていただいていますが、もともとは軽井沢に始まり八ヶ岳、トマムと施設を増やしていきました。それらの案件は、あんなところを黒字化させるなんて無理、リスクは取れないと誰も手をつけないものが多かったんですが、だからこそやってやろうじゃないか、どうにかやってみようと取り組んできたんです。運営会社として競争力を示していくには、競合他社ができない、簡単に結果が出せないことをやって、そこで結果を出すことが、必要でした。難しい案件に取り組んでいくこと、逆境を楽しもうという姿勢は、弊社にもともとある考え方なのだと思います。

高橋:逆境といえば、HPにある星野リゾートの沿革を紹介する動画は面白かったです。初代が温泉の掘削を始め、2代目が人を呼ぶために本を読んで独学で水力発電所を開業したり、初代から逆境を楽しもうとしたりするスピリットが連綿と受け継がれているんですね。

鈴木:はい、まさにおっしゃるとおりなんです。そんな星野リゾートの価値観、組織文化として大切にしているもののベースになっているのが、2代目代の嘉助と親交があった宗教学者の内村鑑三の手紙に記された10項目の成功の秘訣です。「他者を頼るな」、「ビジネスの目的は収益を得ることではなく、品性を完成することにある」などといった考え方をベースに、ビジネスをしていく上で提供できる付加価値は、そう簡単に見つけられるものではなく、試行錯誤を重ねたからこそ生み出せるもの、それこそ価値があるものだという考えが星野リゾートの根幹になっていると思います。

高橋:その付加価値も、時代によって人々のニーズは変わってきますし、状況に応じて見方を変えていかなければいけないですよね? フレキシブルな対応が求められているような気がします。

鈴木:そうですね。その時代、その時で人は何を考えて何を求めているのかを深く深く本質に辿り着くまで考えるんですが、そのプロセスで未来を考えることは重要です。軽井沢で事業を始めたときも、人々のニーズにはこういうものがあって、まだ顕在化してはいないけれども将来はこういうことが求められる、そのためには温泉施設が必要で、それには発電が必須だという考えできているんですね。

活かせるスキルの幅が広い観光業。人生の経験がさまざまな局面でポジティブに生きる

高橋:ところで鈴木さんのプロフィールを伺ったら、「学習休職制度を利用してMBAを取得」とありました。この学習休職制度とはどういったものなのでしょうか?

鈴木:星野リゾートの学習休職制度にはふたつのパターンがあって、ひとつは、仕事に活かせるかどうかは分からないけれど、新たなことを勉強してみたい、留学してみたいなどといった目的でとるもの。もうひとつは私が利用した制度で、自分のこれまでのキャリアを振り返った際にこういったスキルが必要だ、それをこうして身に着けることによって会社にはこのようなメリットがありますとプレゼンをして休職するものです。後者は、一部学費の支援をもらうこともできます。

高橋:なるほど、そういう制度があるんですね。鈴木さんのようなケースはわかりますが、前者のとにかく勉強してみたいという社員も休職できるというのは企業の度量が広いというか、フラットな会社ということからくるものなのかもしれないですね。それから、女性にとっては気になる点だと思うんですが、鈴木さんは今1児の母として育児をしながら仕事をされていると伺いました。そういう方は多いのでしょうか? 学生の中には、この業界で産休などのブランクを経て再びキャリアを積んでいけるか、心配に思っている人も多いと思うんですよ。

鈴木:宿泊業は24時間営業。かつシフト制なので時短で勤務することも意外にしやすいです。なので、会社と社員の求めることのピースがうまくはまれば時間の融通が利きますから、働きやすい業種だとは思います。もちろんこのコロナ禍でリモートワークも浸透してきていますから、どういう状況を働きやすいと感じるかは人それぞれだとは思いますが。

高橋:ちょっと上から目線の言い方になってしまいますが、今後日本もそういう企業が増えてくれるといいなと思いますね。まだまだ日本は「育休・産休=一線から退く」というカルチャーが根強いですから。こういう状況だからこそ、人材を上手に活用できる企業が強いと言えるのではないでしょうか。

鈴木:観光業のようなサービス業で必要なスキルは本当に幅広いんです。そういう意味では私自身、産休を経て復職したときに以前とは違うことに気づいたり、視点が変わったりしたなと感じました。人生のいろいろな経験が、キャリアのさまざまな局面でポジティブに生きていく仕事であることを実感しています。

高橋:今日伺っているOMOというブランドは「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」というコンセプトだそうですね。ホテルのご近所をスタッフが友人のように案内する「OMOレンジャー」なども、そういった個々の経験を積み重ねたスタッフの個性を活かせそうな気がします。

※下町情緒あふれる大塚を友人のように案内するOMOレンジャー。お散歩、ディープグルメ、ナイトカルチャーなど得意分野のあるスタッフがテーマカラーのユニフォームで出動

 

鈴木:はい、あるお客様が近くにいたスタッフにご自分たちの写真を撮って欲しいと頼んだら、すごく良い写真を撮ってもらえたと大変喜ばれました。実は、そのスタッフは日々カメラに親しんでいて、とてもいい写真を撮るスタッフだったんですね。それも日々の経験を仕事に生かせたことの一例です。

高橋:これからは過去の成功体験がそのまま次の成功につながるとは限らない時代になりそうです。そこでは、挑戦して失敗した経験を持つ企業や人が、成功へのチケットを得るようなイメージを私は持っています。そういった意味で星野リゾートは5年後、10年後が楽しみだと思うんですが、観光業はちょっと無理かなと思っている学生さんたちは多いんですね。進みたいけれど迷っている学生さんたちへのメッセージをいただけますか?

鈴木:観光業は日々地道な仕事・活動が多いのは事実です。場合によっては、その施設がやや生活が大変だと感じる地域にある可能性も。旅館運営は細かな気配りに加え、体力を使う仕事でもあるんですが、そんな地道な活動の中にこそお客様の求めているものに気づくチャンスがあると思っています。お客様のニーズに応え、その土地の魅力をお伝えすることで地域の持続性に貢献できる。それを信じて挑戦したいという方は是非来て下さい。今後日本の観光業が提供できる価値はまだまだ高まっていく、そして、高めていきたいと考えていますので、その可能性を追求したいという方は、一緒に一歩一歩スキルを身につけ進んでいきましょう。

 

(まとめ)

コロナ禍で旅をする自由を奪われて初めて、自分はこんなに旅を必要としていたんだと再認識した人は多かったのではないかと思う。そんな人々のニーズに応えるべく5つのサブブランドでさまざまな旅のスタイルを提案する星野リゾート。逆境を楽しむという言葉があったが、ポストコロナでの進化形にも期待したい。

【構成・文:定家励子(株式会社imago)】

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