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2020年コロナ状況下で急速に進んだ採用・就活の地殻変動

神戸大学大学院 経営学研究科准教授 服部泰宏 × 株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ部 課長 東郷こずえ

コロナは私たちの生活を一変させた。ビジネスの現場でも、これまでと同様には進まない事態がそこかしこで起きている。そんなビジネスの未来を担う人材と企業との出会いの場、「採用・就活」においてコロナはどのような影響を及ぼしたのだろうか。「採用学」を専門とする研究者、神戸大学大学院 経営学研究科の准教授、服部泰宏氏にマイナビHRリサーチ部の東郷こずえが話をうかがった。

オンライン化で削ぎ落とされた「無駄」と「冗長」の意味するものは?

東郷:2021年卒の就活は、コロナ禍の影響で当初どういう状況になるかわからない状態でスタートしたのですが、確かに大変な部分はあったものの、結果的には当初懸念していたほど悪い状況にはならなかったという印象です。それは、最近の学生はデジタルネイティブ世代と言われるように、スムーズにオンラインによる採用活動に対応できたからということがあるのかもしれないのですが、必ずしも対面じゃなくても前向きにコミュニケーションをとろうとする傾向が見られて、私などとは世代の違いがあるなと思いました。

 

服部:おっしゃるとおり、ある人が持っているいろいろな知識や思いみたいなものを伝えるという意味では、オンラインでも対面でもほとんど変わらないということが、今回の就活・採用を通じてわかったことだと思います。企業は学生にどんなことをどのように聞けばいいかというのはわかっているし、学生も伝えるべき内容はすでに持っています。オンラインでもそのやり取り、コミュニケーションが維持できたので、さほど混乱はなかったのでしょう。

一方で、今私はこうやってテーブルの上で意識的に手を動かしながら喋っていますが、これをテーブルの下でやったら伝わりませんよね? これがあるのとないのとでは、熱量の伝わり方がまるで違う。大学時代に何をしてきたかというのは相手に理解してもらえるのだけれども、どのぐらいの熱量でそれを行ったかというのはなかなか伝わりにくいのです。

東郷:それは、企業の側からも同じように学生になかなか伝わりにくい部分があるということですね。学生は、自分の就職したい企業を選ぶ際に、仕事の内容はもちろんですが、たとえばランチはどこで食べるのか。みんなで食べるのか、それとも自分のデスクで食べるのかなど、仕事には関係なさそうなことも含めて知りたいように思うんですね。社風とか企業文化を理解するのはこういう部分も意外と大事なのかな、と。オンラインでは、そういうものが伝わりにくくなってしまったような気もします。

 

服部:はい、そうですね。面接前後の何気ない会話とか、OB・OGとコーヒーを飲みながら交わす雑談、合同説明会での偶然の出会いなど、一見すると「冗長」で「無駄」とも思えるけれども、重要な情報というものがあるのです。今回のコロナ禍によるオンライン化では、そういう情報のやり取りが出来ないというのが難しい点。言い方を変えれば、これまでの就活・採用の現場では、そういう「冗長」や「無駄」にいかに寄りかかってきたかということがわかったはずなのです。オンライン化で、就活・採用はある意味大きな問題は起きていないように見えますが、潜在的な情報の取りこぼしがあったのではないかと私は思っています。企業もその点に関してきちんと問題意識を持った方がいいのではないでしょうか。

スムーズにオンライン化に対応できるケース、できないケース。両者を分けたものは?

東郷:今先生がおっしゃった問題意識という点で言うと、オンライン化によって企業の採用基準に変化があったのかどうかというのが気になっています。私たちの通常の業務においても、Web会議をやるとなったら今までの準備とは異なる作業が必要になったりして、「仕事のできる人」の定義がだいぶ変わってきているように思えるんです。

それと同じことが、採用の現場で評価基準にも影響しているということはないでしょうか? 企業の採用担当者に関してよく揶揄して言われることなんですが、ベテランの方で、学生が扉を入ってきた瞬間に「あいつは良い奴だ。自分にはわかる」などと言う方もいらっしゃるとか……。そういう経験則に頼っているだけだとオンライン化の中で必要な人材を十分に採用しきれなかったのではないかという疑問が生じます。

 

服部:仕事をするときの能力、必要な資源というのにはいろいろな要素があると思います。仕事の内容・目的をきちんと理解してテキパキできるとか、エッセンシャルな必要最低限の能力のほか、無駄な資源、余分な能力というものもあるのです。たとえば上司の趣味に精通しているとか、同僚の家族構成、家族の状態についてよく知っているとか。そういう人は部下や同僚に「あなたは親の介護中だから、残業せずに帰っていいよ」と言える、つまりマネジメント能力があるということになります。でも、オンライン化によって、そういう無駄に見える能力が活用しにくくなって、エッセンシャルな能力というのがより表面化してしまったということがあるでしょうね。

採用担当者に関して言えば、相手の良さをきちんと見抜くという表の能力と、「雑談させたら無敵だ」とか「ブースまで来てもらえば絶対に興味を持ってもらえる」とか、そういう表に出ない能力との合わせ技で採用を行ってきたと思うのです。でもオンライン化で、その表に出ない能力がそぎ落とされてしまい、コアな部分でしか勝負せざるを得なくなってしまったってことはあるのではないでしょうか。

東郷:そういう一見無駄と思われる部分が失われてしまった採用の現場では、学生たちはどうやって自分に合う企業を見つけ、志望する企業にどうやって自己アピールをしていけばいいのか悩むことも多かったように思います。一方で、企業もスムーズにオンラインに対応していったところと、そうじゃないところがあります。コロナ禍による採用・就活の現場で上手く乗り切れた要因というのは、どういうものがあったのでしょうか?

 

服部:まず学生の話をすると、私が教えている学生たちを見ていて思ったのは、学生生活の中で自信を持っていろいろやれてきたという自負がある学生は、「オンラインでもなんとかなるよね、自分の良さは伝えていけるよね」と割とスムーズに対応できていたのに対して、失敗を引きずってなかなか自信を取り戻すのが難しかった学生は、結構苦労していたという感じがあったことです。コロナ前にある種の自信を養えたかどうかが差を作ってしまったように思います。

企業に関しては、どんな人材が必要なのかを採用担当者だけではなく、経営者も現場も密にコミットして考えていたところ、採用担当者が現場と良い関係を築けていたところは、自信を持って「じゃあオンラインに切り替えてやっていこう!」という機動力があったのではないでしょうか。欲しい人材の要件も、ただ前年の方針をそのまま踏襲するのではなく、自分たちの言葉で組織のアイデンティティをきちんと咀嚼して伝えることができる。そういう企業はオンラインにも十分対応できていたと思います。

「遠くの曖昧な未来」ではなく、「具体的な近未来」が重要視される時代に

東郷:先生が何度も仰っているように、「冗長」「無駄」をそぎ落とした採用・就活の現場では、企業から提示された仕事の内容や条件などといったものに、学生の理解が追いつくことが大事だなと私は思っています。そのためには、自分がどういう未来を指向しているのか、就職してやりたいことは何なのかを前もって整理して準備しておくことが必要で、それはそれで学生にとってはなかなかハードだろうなとは思うのですが。

服部:確かに厳しい世界ですね。でも、実は企業にとっても同じような厳しい状況が起こっているのです。2016年に日本経済団体連合会(経団連)が2016年卒採用から新卒採用の時期を繰り下げるという指針を出しました。私は、それをきっかけに日本企業に起きた「採用革新」に関して研究を行い、本にまとめているのですが、その頃から企業の採用に関しての地殻変動は徐々に起こってきたのだと思っています。つまり、それまで日本の企業は「終身雇用」という言葉に象徴されるように、就職すると「心理的契約」(求職者と企業との書かれざる契約)といって、「とにかく30年一緒にいようね」でOKだったのです。ところが、時代の変化によってそういった企業が長期にわたって安定的に雇用と収入をもたらしてくれるという「遠くの曖昧な未来」ではなく、「具体的な近未来」が重要視されるようになってきたということなのです。結婚と似たようなものですよ。「30年一緒にいるのはいいけれど、3年後には何をしてくれるの? 誕生日はどうやって祝ってくれるの?」って話です(笑)。

でも、企業には3年後に誰をどこに配属するかなんてわかっていません。けれども、うちに来ればこんな能力が身につくよとか、こんなことができるからとか、具体的な提案があればメッセージとしてわかりやすいですよね。それを提示できるかどうかということが企業には問われてくるわけで、なかなか厳しい時代だと思いますよ。

 

東郷:その企業が学生に伝える内容もそうですが、伝え方も重要だなと私は思います。学生は、自分の持っている能力を仕事に直結させるのは簡単にできる場合と、なかなか難しい場合があると思うので、入社してからお互いにギャップを感じることのないように、きちんと伝えるということは大事ですね。

 

服部:実はある学生に聞いたんですが、とある企業とやり取りをしていて最初はオンラインだったのが、最終面接の段階では本社に来て対面でやりましょうと言われたそうなんです。それで、先生はどう思いますか? と尋ねられました。別に対面でやることが良い悪いではなくて、そこに説明がなかったことにその学生は疑問を感じたんですね。たとえば、会社の雰囲気を見てもらいたいから来てほしいと言われれば、納得すると思うんです。でも、そこに何の説明もなかったことにひっかかったわけです。

東郷:なるほど、学生さんはそう感じるわけなんですね。今の先生のお話を踏まえると、そんな企業の対応手法に関しても、オンラインか対面かを選ぶだけである種のメッセージになってしまうということですよね。たとえコロナの感染拡大がなかったとしても、人口・学生が減っていく中で採用の方法も変えていく必要があると考えていたマイナビとしては、採用手法も学生へのメッセージになり得るということを企業に伝えていきたいなと思いました。

 

服部:そうなんですよ。企業は学生が求めている未来をきちんと提示していくことが大事なのです。3年後にどうなるかを想定して、どういう人材になっていてほしいのか。期待を込めて会社が求めていけば、学生はその求めを急速に学習・反応して自分の近未来について考えざるを得なくなります。逆に学生には「10年後にはどんな自分になっていたいですか?」などと曖昧な問いかけをするのではなく、もっと具体的な質問にしていけばいい。そういうようなやり取りが今後ますます増えていくでしょうね。

 

東郷:確かに先生のおっしゃるとおり今の学生を見ていると、遠い未来を想像するよりも、まず近い未来への第一歩を踏み出してみよう、とりあえず3年、さらに5年頑張ってみようという価値観を持つ人はある程度いるように思います。定年までその企業に居続けることがもはや当たり前とは言えない状況の今、最初のステップと考えるならば、企業もそれに応じて解像度の高い近未来を明確に見せていくということが大事なんですね。

 

服部:はい、そうなのですが、採用の形が変化していく中で企業が忘れてはいけないことがひとつあると思います。学生を指導していて思うことなのですが、同じ大学の10人の学生を見ていても、かなり早い段階で自分の未来像を具体的に描けている子もいれば、なかなかそれが想像できない子もいる。能力や優秀さの面では変わらないのに、です。そういう学生に対して企業は、前者は2回の面接でOKだけど、後者は5回ぐらいしてあげた方がよいと思うんです。求職者の考え方、能力、成熟度がバラついている中で、よりその企業に合った人材を採用していくためには、そういったきめ細やかさが求められてくると思いますね。

 

東郷:先生のお話をうかがっていると、コロナ禍の影響で採用に大きな変化があったのはもちろんなのですが、それは必ずしもデメリットだけではなくて、もしかすると双方にとってメリットになることも同じぐらいあるのかなと思えてきました。

服部:そうですよ。コロナ禍で、これまで何となくもやもやとして曖昧なまま進んできたことが、一気に表面化してきたわけです。それを自覚して、じゃあこれからはどうするかということをみんなで考える絶好の機会と捉えるといいのではないかと思います。

 

【構成・文:定家励子(株式会社imago)】

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