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創業以来根底にある“生への畏敬”の精神をCSV先進企業への歩みに活かす

キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部主務 山田幸司

SDGsは、企業が視野に入れるべき必須の課題となり、学生が社会に出るに当たっては企業・組織が積極的に取り組んでいるか否かを志望の判断材料としていることも多いようだ。キリンビール、キリンビバレッジなどの飲料メーカー大手をはじめとする多くの企業を傘下に持つキリンホールディングスは、SDGsへの取り組みにおいて高い評価を受け、その分野での先進企業として名高い。果たしてどのような取り組みがなされているのか、グループ企業全体に向けてのパーパスの浸透や戦略・提言を担うCSV戦略部の山田幸司氏に話を伺った。

高齢化の課題への取り組みが医薬事業参入へのきっかけに

日本経済新聞社は、2019年より国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」への企業の取り組みを評価する「日経SDGs経営調査」を実施している。「SDGs戦略・経済価値」「社会価値」「環境価値」「ガバナンス」の4つの分野で評価が行われ、これを元に「日経SDGs経営大賞」が授与されるのだが、キリンホールディングスは、昨年第4回目となる同賞の「SDGs戦略・経済価値賞」を受賞した。「SDGs経営」総合ランキングにおいては、一昨年に続き4年連続で最高位にランクイン。この分野では文字通り先進企業と言って良いだろう。

キリンホールディングスは、2013年からCSV(Creating Shared Valueの略。社会課題への取り組みにより「社会的価値の創造」と「経済的価値の創造」を両立させること)経営をグループ戦略に掲げた。さらに2017年に発表した長期経営構想「キリン グループ・ビジョン2027(KV2027)」では、「CSVパーパス」として“酒類メーカーとしての責任” “健康”“コミュニティ”“環境”の4つの課題を重点課題として位置づけている。その取り組みの一例として、「日経SDGs経営大賞」で評価された実績を紹介しよう。

キリングループ「CSVパーパス」

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【酒類メーカーとしての責任】多様なノンアルコール飲料の販売により新たな価値を創造し、市場を活性化

【健康】明るく健康で生き生きと過ごせる社会の早期実現を目指すため、独自素材「プラズマ乳酸菌」の販売強化

【コミュニティ】スリランカの紅茶農園への「レインフォレスト・アライアンス認証」(環境、労働、経営の全てで、より持続可能であるかどうかを認証する国際的な制度)取得支援

【環境】「シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー」で生態調査を行うなど、ネイチャーポジティブに向けて取り組みを加速

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このように、キリンホールディングスは事業を通じた社会課題の解決にグループ全体として積極的に取り組んでいる。本来の事業活動にも影響をもたらすCSVだが、キリンホールディングスがそれを推し進めようとする原動力は、一体何なのだろうか。

「我が社の創業は、ご存じの通りビールの醸造です。ビール作りには、自然の恵みを原料に酵母という微生物の働きが欠かせません。つまり元々生命に敬意を払う姿勢を大事にする企業文化がありました。というのも、“生への畏敬”“Brewingの精神”“五感の重視”という3つの柱から構成されている“キリンの醸造哲学”に明記されているとおり、命あるものに感謝しながら企業活動を行っていくことが大前提としてあったからです。私たちは発酵の力、バイオテクノロジーを大事にしながらものを作り続けてきました。そんな中、ひとつの転換点になったのは、1981年に策定された長期経営計画で、当時社会課題となっていた高齢化問題に対応するため、医薬事業に参入しようという挑戦が盛り込まれたことです。我々は事業を通して社会課題を解決するような経済活動をしていこうというCSVの考え方が、そこで初めて明らかにされたと言って良いのではないかと思います

ビールメーカーが医薬事業に進出と聞くと、ずいぶんかけ離れた分野への挑戦にも思えるが、ビール醸造で培っていた発酵やバイオテクノロジーのノウハウは、医薬事業にも十分活用できる。突拍子もないことではなかったのだ。この時のキリンホールディングスのアイデンティティやコア・コンピタンスに、現在に繋がるCSVの考え方の萌芽が見られると山田氏は語る。

事業を通じた社会課題の解決と経済利益を同時に創出することで持続性を図る

現在キリンホールディングスは「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」ことを目指し、その指針として“CSVパーパス”を定め、酒類メーカーとしての責任を前提に“健康”“コミュニティ”“環境”のそれぞれについて目標が設定され、実現に向けて各事業者が取り組んでいるのだ。

このCSVという言葉が意識されるようになったのは、東日本大震災が直接のきっかけです。仙台工場が被災し、甚大な被害を受けました。復旧はバリューチェーンで結びついている近隣のサプライヤーの操業再開、地域の雇用の維持と経済の復興にもつながるという想いから工場の再開を決意し、“絆プロジェクト”というものを立ち上げ、約65億円超の寄付もさせていただきました。ただ、寄付というものには限度があるんですね。解決できる問題には限りがあり、持続性に欠ける部分もあります。ですから、事業を通じた社会課題の解決と自社の経済利益を両立させていくことで持続的に価値を創出する。つまり、事業を通じた社会課題の解決と自社の経済利益を同時に生み出す、その頃米国の経営学者マイケル・ポーター教授が提言したCSVの概念を明確に取り上げていこうという動きが生まれました

企業がどのような理念の元に企業活動を行っていくかは、往々にしてトップダウンになりがちだ。今でこそ、CSVの意味や意義も徐々に社会に浸透しつつあるが、キリンホールディングスがグループ全体、全社員一丸となってCSV先進企業を目指すに当たって、それはどのように進められていったのだろうか。

キリングループが取り組む持続的成長のための経営課題

 

まずグループ・マテリアリティ・マトリックス(GMM、キリングループが社会とともに持続的に存続・発展していくうえでの持続的成長のための経営諸課題のこと)といってCSVを実現するにはどんな課題があるかを整理しました。それらに対して各事業会社がどれだけ貢献できているかというのを、事業に対するインパクトと、ステークホルダーへのインパクトのふたつの観点から評価します。このGMMを元に、特に取り組むべき重点課題として設定したものがCSVパーパスなのですが、あなたはこの部分のこれをしなさいという考え方ではありません。自分たちの事業を通じてこれらを達成するにはどうしたらいいだろうということを、みんなで一緒に考えましょうというスタイルを我々はとっています

キリンホールディングスの傘下には様々な業態の企業が名を連ねている。各事業者によってできること、目指すことは違うだろう。そんな事業会社の代表に加え、キリンホールディングスの社長と全役員が一堂に会して、事業や部門の垣根を越えて話し合う“グループCSV委員会”というものがあるそうだ。この委員会の下に、各社、各部門の実務担当者が集う担当者会議があり、そこで具体的に自分たちには何ができるのか、CSVの実現に向けて出てくる諸課題に柔軟に対応していくことになっているのだという。

CSVをひとりひとりが自分事化し、社外への認知に繋げていく

さきほど東日本大震災が、キリンホールディングスのCSVへの取り組みに対して大きな転換点となったと伺った。実は山田氏はその2011年に入社している。

「CSVと言う言葉が社内で一般的に使われ始めたのは、私が入社して数年後ぐらいからでした。当初は意味は分かるけど、実際自分はどうしたらいいかわからないという声がありました。それから約12年の間に、認知から活用のフェーズに、社内的にはどんどん変化していることは実感しています。たとえば環境面で言うと、シャトー・メルシャンのブドウ畑のひとつ“椀子ヴィンヤード”では遊休荒廃地を垣根仕立・草生栽培の日本ワインのためのブドウ畑にすることで、生物多様性の損失を食い止め回復させていくネイチャー・ポジティブに向けた取り組みを実施するなど、外部から評価も受けています。その点ではCSV先進企業に近づいていると感じます。一方で、より事業に即した活動で経済的価値と社会的価値を創出することには、まだまだ課題があるのは事実です。事業会社主体で行っていかなければいけないこの活動を促進するには、従業員一人ひとりの意識を変えて自分事化することが大事なので、我々CSV戦略部としてはそれを促せるような働きかけを行ったり、事業計画を立てたりして、日々活動を行っているところです

長野県上田市にある“椀子ヴィンヤード”。東京ドーム約6個分の広大なブドウ畑で、メルローやシャルドネ、シラー、ソーヴィニヨン・ブランなど、約8種類のブドウを垣根式で栽培している

 

冒頭で山田氏が述べたように、キリンホールディングスは祖業が飲料という食品を扱う企業であったため、ビールにしてもワインにしても原料の質を左右する自然環境を整えるといった課題に親和性が高い。その認知は、社外へ徐々に広がりつつある。

「私は先日まで営業部門にいたのですが、流通企業様や飲食店様からCSVについて話を聞かせて欲しいという声をいただくことがこのところ増えてきました。“サステナビリティは、取り組まなければいけないのはわかっているのだけれども、何をしていいかわからない。キリンさんは進んでいるんだよね? 何から始めたら良いのか話を聞きたい”とか。そのようなお話をいただけると、今までやってきて良かったなと思います。CSVに関して、自分たちはこういうことを大事にしていて、こういう取り組みをしているということを発信し続けていくしかないんです。そうやって共感の輪を広げていった結果、“ああ、あのときキリンが言ってたのはこういうことだったんだ。サステナビリティ、CSVってこういうことだったのか”と、キリンホールディングスとは関係ないところでも社会の皆様が思ってくださることが理想だと思います

持続性のある企業活動がやりがいや自己肯定感を育てる

社外の好意的な反応の一方、社内にも自発的にCSVへの取り組みを自分事として考える動きが出てきている。“キリンで挑戦志向の風土を作りたい”とのビジョンを掲げて、2019年1月から始められた企業内大学“キリンアカデミア”がそれだ。年齢、所属を問わず交流し、学びを共有する場になっている。

数人の有志で立ち上げられたのですが、興味があるテーマに関して社内だけではなく社外から講師を招いたりして、勉強会を行っています。開催情報、テーマなどは社内のポータルサイトに上がってくるので、誰でも興味があれば参加できます。会社の枠を超えて人が集まり、今ではずいぶん大きなものになっています。その中から、我々CSV戦略部にもCSVの理解をより深めるために協力してくれないかなどという要請がくることもあります。“こうしなさい”ではなくて、“こうしたい”という声が自発的に上がるのは嬉しいですね

1981年に、キリンホールディングスが医薬事業に参入を決めたとき、重要な社会課題は高齢化社会だった。しかし、時代や社会の構造が変わって行くにつれて、テーマは変わっていく。その中でキリンホールディングスの取り組みも変化していくのだろうか。

“サステナビリティとは終わりのない旅”とよく言われますが、その通りで課題は解決したら終わりではなくて、新たなものがでてきますし果てがないんだろうと思います。我々も、GMMは日々見直しをしていますし、CSVパーパス自体も変わっていかなければいけなくなるかもしれません。ただ、企業の持続性とはそれだけが独立してあるものではなくて、企業が持続性を持つことによって社会も持続可能になる。企業あっての社会ではなくて、社会あっての企業なんですね。持続性のある企業活動がないと、経済価値に繋がっていかない時代が、そう遠くない将来に来るんだろうと思っています。我々も、日々の活動や事業が課題解決のみならず、自社の利益増につながって給与となって返ってくるんだと思えば、やりがいや自己肯定感にも繋がります。最近は、“それにCSV視点はあるの?”などとみんなの会話に普通にCSVという言葉が出てきます。なにごともCSV軸で考えるという習慣が浸透してきたんだろうと思います。キリンホールディングスはこういう考え方をするという指針をずっと指し示して来た結果だと思うので、今後も持続していきたいですね

 

(まとめ)

東日本大震災が1つの大きな転換点だったという話を伺ったとき、仙台工場の被災のニュースを耳にしたことを思い出した。工場を再建せず、別の場所に新たに作るという選択肢もあったはずだが、キリンホールディングスはそうしなかった。地域に根ざす企業であることを大事に思っていたからに違いない。その思いは社員はもちろんのこと、つながる企業や顧客を巻き込んでCSVへの取り組みへの大きな力となっているのだということを実感させられる時間だった。

 

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

【写真:吉永和久、キリンホールディングス】

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